top of page

大阪万博が終わって感じたこと

  • 執筆者の写真: bunkeiedison
    bunkeiedison
  • 2025年10月18日
  • 読了時間: 12分

更新日:2025年12月9日

↑ミャクに負けた「おしりバード」(2019年作)
↑ミャクに負けた「おしりバード」(2019年作)


(これが21世紀に何か残すものがあるとお思いになりますか?)

そうですね、まぁ、松下館なんかのところにも、カプセルに入れるものは随分出ておりましたけれども、何かこう日本人の現在の生活っていうようなものをですね、そういうものをこう、ありのままで何とか保存するようなことを考えていく必要があるのじゃないかと思いましたですね。えらい、こう見かけのお祭りということではなくて、そういうものを残しておく必要があると、そんな風に感じました。

───【昭和45年の万博】”なんでもあり”の万博「迷子4万8千人」「拾得物5万4千件」異常な混雑ぶりで連日長蛇の列 77か国から6400万人超が来場 1970年5月放送〈カンテレNEWS〉
https://youtu.be/INEGxdQxP1Y?t=530





 夢洲で半年間開催されとった万博が、こないだ閉幕した。


 おれの職場からは天気が良い日なんか特に、会場のある南港の埋め立て地を肉眼でも遠くにとらえれたので、設営が始まった頃からたまにその辺りを見つめてはいろいろと思いを馳せたもんやった。開幕して以降は会場上空の花火や自衛隊の航空機も見えた。


 おれが現地を訪ねて体験できたのは、結局お盆に一度きりやった。人混みの多い場所に遊びに行くのにもなかなか踏ん切りがつかんかったところを、遠方から大阪に遊びに来た友達らに誘ってもらえた。予約は来場時間だけをみんなで揃えて、パビリオンの入場に関しては事前の準備ゼロで臨んだ。なので不自由のない満足の行く展示巡りが出来たとまでは言えんけど、おれ個人的には久々に会えた友達との会話もあったし、会場内を練り歩くだけでも予期してなかったいろんなものが見れて楽しかったよ。

 例えばさ、炎天下でもくもくの喫煙所で汗だくのスモーカーが睨みを利かせあいながら陣取って煙草を吸ってたり、大渋滞の待ち列に向けてポーランド館の人がピアノやバイオリンで音楽を奏でてくれてたり、灼熱の大屋根リングの上で正社員っぽい警備員さんとシルバー派遣みたいな警備員さんが白昼堂々大喧嘩してたり。スペインやインドやアルジェリアやオマーンやハンガリーやアラブや日本の漆塗り技術や、中に入ったパビリオンでの体験ももちろん楽しんだけど、意図された展示の外にだって、面白くて印象に残った些細なイベントは、確かにあった。

 おれらは全員夕方に会場を出たんで後々になってニュースで知ったんやけど、その当日の晩に地下鉄が停電で止まって万博会場に大量のお客さんが取り残されてしまうっていうドでかい輸送障害が起こっててね。自分たち的には直接遭わなかった出来事ではあるが、それを聞いて「(直面した人らは気の毒やけど)おれらも危なかったなぁ~」と感じたことすらも、おれが将来この万博を思い出すときのエピソードのタネとして残り得る気がする。

 そういうわけで、おれが将来万博を思い返すとき、「何を見たか」だけで言うとおれの体験ははっきり言って乏しいかもしれんが、「何を感じたか」に重きを置くことを許されるのなら、つまり単純なパビリオンの鑑賞だけを万博体験ととらえないで良いのなら、人に共有できる思い出の対象の幅はけっこう広がると思うんよな。


 まぁ、おれ個人だけのしょーもない感想はそのへんにしといて、万博が開催されとったこの半年は実際のところ、周りとの会話でも、さすがビッグイベントと言うべきか、万博のことがよく話題になった。どんな人と喋ろうとも、「万博に行った/まだ行けてない/行けそうにない/あえて行かない」、そもそものトークの出発点だけでもいろんな立場に分かれるのが面白かったな。

 万博に実際行った友達の感想はさまざまやった。たいてい「面白かった」から入るのは共通するんやけどさ、それを楽しんだ「環境」の面ではほんま人それぞれなんよな。大阪府そのものに携わっとるために開幕前のテストランから何回もリピートして、もはや会場内の回り方からおすすめのパビリオンまで熟知してる人。パビリオンに使われてる設備のデザインに携わってた人。ソロで行った人、両親と行った人、おれみたいに友達同士で行った人。そんなふうに、みんながみんな自分だけの体験を持っとる感じがした。せや、何ならあの輸送障害をモロに食らっちゃった子もいたな!あとは子どものおる家庭を持つ友達らを比べても、「ある程度子どもが大っきいから連れていけたわ~」って人もおれば、「この暑さは過酷やからうちの子はムリやな~」って断念した人もおったり。

 そう、こういう会話の中でも、どこの国が見ごたえあったかみたいな「鑑賞の対象についての感想の言い合いっこ」より、それをどういう環境で鑑賞したかみたいな、「鑑賞にあたってのバックグラウンドを共有するっていう営み」にこそダイバーシティがあるのが、おれには興味深かった。


 真面目っぽい考察も書いとこうか。

 さっき挙げたような人それぞれのバックグラウンドの多様性っていうのは、あくまでおれが一小市民的なミジンコの視点に立っとるからこそ目立つものなんかな、とも感じる。もっと世間の風潮的なマクロ視点で振り返るならば、今回の万博はむしろ、訪れるお客に単一的な鑑賞方法を提供する機運が醸成されとったんちゃうかな、と思うんよ。

 万博が始まってから、しばしばネットのニュースとかで「万博のチケット購入とか予約のシステムがややこしい」やら「公式サイトでは万博現地でのリアルタイム情報が分かりづらい」やら「スマホじゃ万博の会場マップが見づらい」やら、そういう情報面での苦労を感じる人々の意見をよう見かけた。そういう雰囲気の下地もあってか、開幕からさらにしばらく経ってからおれが次に目にするようになったのは、SNSユーザーたちが自発的に見やすいマップをシェアしたり、この時期の万博はこう回ろう!みたいな攻略動画を逐一アップしたりすることで、効率の良いスムーズな万博の楽しみ方が世間に広く手早く共有されていく、ていう現象やったんよな。バズれば一瞬で流行が生まれる現代らしく、割と早々の段階からそんな風潮が目立った気がするよ。

 もちろんテレビのワイドショー特集でも万博マニア直伝の裏ワザはいっぱい紹介されてたし、本屋さんにも万博の攻略本的ガイドブックがしっかりコーナーを設けて並べられとったから、そういうムーブメントはネットの力だけによるもんじゃなくって、昔ながらの媒体もその潮流に寄与しとったと思う。とにかくそんないろんなメディアの働きも手伝ってさ、55年前の万博と比べたら今回の万博はよっぽど、お客さんに「何かを見る」ことに対しての均質で洗練されたアプローチが用意されとったと思うねん。1970年の万博やったら「とりあえずアメリカ館に行きゃあええらしい、知らんけど」みたいなレベルの噂話や眉唾な情報しか持ってない人らも多かったやろうに、2025年の今回は、万博の鑑賞法について「大多数の人がその通り従えば一定の満足度が得られる最適解」みたいなものが、あらかじめ分かりやすく形成されてたんじゃないかなぁ、ってこと。


 これは万博に限ったことじゃなく、とかく今どきの世の中は、あらゆる事柄に対して最適解「らしい」もんが簡単に共有されやすい。最近友達もバンバン使いこなしとる、ChatGPTとかの人工知能もまた、その機運を助けとると思う。おれも別にそういうもんに危機感や嫌悪感や不信感を持っとるわけではないんよ、試しに使ってみたりしとるし。ただおれが不安に思うのは、それで得られる「最適解らしいもの」を、あたかもそれが「世の中の人全員にとっての最適解」やと勘違いしちゃう奴が出てくることなのだ。

 万博の話で言うならば、効率良く、待ち時間が少なく、陽射しの中も快適に会場内を巡るためのコツや入場方法やルートが共有されることで、何となくそのアプローチこそが正当というか、鑑賞の仕方において優位にあるような空気が出来てきてさ。そんな雰囲気にあてられ過ぎた輩がやがて、正攻法とは違う回り方をする人々に対して「このパビリオンを予約しないのはバカだ」「万博来るのに作戦立てずにただ並んでるだけの客は損してる」「ネットでいくらでも便利なマップは見つかるのに迷ってる連中は何なの?」的なエスカレートしたトゲトゲしい考えを持ちはじめちゃうっていう、そんな危惧。何かあるやん?そういうのが起こりやすいピリついた土壌が出来る兆候って、最近さ。


 この万博というイベントはある意味で、そんな乾燥しがちな現代に生きる人々の、いわば「感受性の度量」が試された場なんじゃないかと思うんよ。

 有志の人々が親切にシェアしてくれた知恵や地図の恩恵にあずかれば、万博から与えられる楽しみも一定数きっと保証される。そのこと自体はもちろん素晴らしいことで、例えば体力に自信が無かったり、来場できるチャンスが1回きりでなおかつ最大限に回れるところを回りたいって思ったりした人にとってはめちゃめちゃ有益な情報やったと思う。けど、そういう正攻法なルートの外にだって、訪問客それぞれのストーリーに乗っかった万博体験があったというのも、等しくかけがえのない探検記として分かち合えたらええやん、っておれは考える。並んだだの苦労しただの暑かっただのの感想に対して、無条件で「それはこういう回り方をすれば回避できたよ」みたいな要らん世話を焼いた返しはしたくないんや。まずはただただ「大変やったね、まぁええやんええやん」みたいな受容や肯定から入るべきなんや。それがおれの言う感受性の度量の、いちばんベーシックなレベルやねん。


 もっと言うと、万博に「行けなかった/行かなかった」人らの中にだって、彼らそれぞれの万博体験っていうのはあった、とおれは思っとる。

 例えば、子どもが産まれる前後と重なって万博どころじゃなかった、っていうお母さんがいたとしたら、彼女は将来その赤ちゃんがすっかり成人した頃にでも、2025年のことを「世間では万博が話題になってたけどその頃お母さんはね、…」みたいに万博をまず話のマクラに置いといて、その外側にあったストーリーをわが子と共有するかもしれん。ほんで一方、何かしらのポリシーがあって万博なんか死んでも行かん!っていうスタンスやった人ですら、後々2025年を振り返ったときに、たとえそれが「しょーもない万博に関西人が振り回された年」みたいな感想であっても、その文章に万博ってキーワードは入るはずやから、どうしたって心の中にはどんな形であれ万博はあったんだよ。

 そういう意味では、2025年を日本で過ごした人なら、ほとんど誰もが万博を体験したんだよ。


 ありとあらゆるタイプの人々の胸にある、実際に行った行かないを問わない広義的な万博体験を、お互いに否定することなく分かち合って面白がれるかどうか。そのへんが人間の感受性の度量であって、そこに人間の知能と人工の知能のフトコロの違いがあるような気がする。

 ChatGPTに万博を体験した人のエピソードを尋ねたって、「実はある日の万博では警備員のガチギレパビリオンが開催されてました」なんて、エピソードのうちに数えてくれないでしょ?それはおれがおれの感受性で「面白かった思い出」として昇華したもんやから。


 閉幕日の前後になって、万博のレガシーとは、みたいな言葉もニュースや新聞で目につくようになった。難しい分析は他所の新聞記事とかに任せるとして、今までのお話を踏まえたうえでおれが思うレガシーを強いて挙げるなら、「日本人みんなの共通認識に『2025年=大阪万博があった年』みたいなのが一個増えたこと」やと思う。


 年齢層も思想も嗜好も問わずに日本人のほとんどがみんな共通して思い浮かべれることって、この多様性の時代ますます減ってっとる気がする。先代の大阪万博はその役割を担えてたんやと思うけど、「1970」て数字を聞いて若い人でも誰もがみんな連想するほどのパワーではなくなってきちゃっとるよね、多分。そんで、そんな風潮の中でも生き残っとるやつって、何となくみんながみんなノーストレスで振り返れるものじゃなかったりするんよな。数字で言うても「1945」や「2011」や「3.11」みたいなさ。コロナ禍の「2020あたり」もその系統かも。

 そんな中、「2025」と聞いて大多数の日本人が少なくとも向こう数十年かは大阪万博を想起できるようになったのであれば、これはまあまあ画期的なことよ。万博って、その開催に賛否はあったとて、少なくとも大量の人の命を奪ったりみんなの生活を脅かしたりしたものではないわけじゃん。何ならプラス意見もマイナス意見もちょうど良くあるからこそ、俯瞰で見たらそれらが相殺されてパッと見はニュートラルなワードにもなり得るやん(※これから万博に関わるものごっつエグい不祥事が見つかったりしたら知らんよ)。

 そういうセンシティブ過ぎないタイプの共通認識がこんな時代の、趣味やコミュニティの細分化が進みまくった時代の日本人みんなを全対象に新しく作れたっていうのは、快挙やと思うねん。

 やって考えてもみぃよ、今後の将来、おれらがお互い全然知らん同士の人と会話するときさ、「2025年の夏はどうしてました?」とかさ、「大阪万博って行きましたか?」とかさ、何の事前準備も必要なくおしゃべりできんねんで。そんでもちろんそこから「私は10回以上行きました」だの「入院してて行けませんでした」だの「あんなけったいなもん行ったわけないやろ」だの「まだ生まれてないっすよ勘弁してくださいよ〜」だの「自分が行った日は大屋根リングの上で警備員が大喧嘩してました」だの、いろんな経験の共有に繋げれるわけで。

 このことの何がそんなにええかってさ、そういう共通認識を元にした会話さえできたら初対面でもお互いに、その人の考え方とかもっと言うと「感受性の度量」とかっていうのが推し量れんのよ。これが自分か相手どちらか一方だけが詳しく認識しとるテーマやったらさ、その会話の中での主従関係みたいなんがどうしてもできちゃうやん。けど万博に対しての感想とか意見とか、またそれを聞いたときの反応の寛容性とかなら、どっちもある程度同じように知っとるから、お互い対等に分かるんよ。

 少なくともおれは、これってすごいありがたいことやと思う。今後自分がジジイになってくときに持っておける周りのみんなとの共通認識、もっとドライに言い表すならとりあえず相手を測れる物差しが、いつでも頭のポケットに入ってるっていうのはね。


 これまでも別の文章に書いたことがあるんやけど、おれは「みんなが分かる、伝わる、感じれる」という意味での「フォークソング」は、これから一層世の中にはびこりづらくなると考えてる(※「あの頃の、懐かしの」っていう意味での「フォークっぽいもの」のリバイバルはこれからもあるやろうけど、それはおれの意味する「フォークソング」とはちょっとちゃうねん)。そう考える大きな理由のひとつが、現代でのみんなの共通認識の持ちにくさ、やったんよな。

 このイベントは、そのハードルをいくらか突破できた事例になったんちゃうかな、と思うんだ。けどまぁ逆に言えば、ここまでの規模の金と時間と人を投じてやっとこういうみんなの共通認識が持てるのが現代社会や、って現実を示す証拠にもなったんやけど。


 そんなふうなことをおれは最近感じとった。友達ともこんな話を飲んだときにしたんやけど、将来の自分のための史料も兼ねて、ここにも書き残しておく。

 冒頭で引用したインタビューに答えてた、55年前の名も知らぬおっちゃんに伝えたいね。これがおれの思う、万博を取り巻くリアルな「日本人の現在の生活っていうようなもの」の記録なんだよ。







コメント


記事: Blog2_Post

©2022 by サンテ・ド・はなやしき
Wix.com で作成されました。

bottom of page