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  • 執筆者の写真bunkeiedison

ジョージア、アラバマ、テネシー漫遊記④ 「9月14日(木)」

更新日:5月9日








 7時過ぎに目が覚めた。寝ぼけまなこで携帯を見ると、阪神が優勝を決めたとの知らせが日本から入っとった。18年ぶりかぁ。もし次の優勝がまたそんくらい遠い未来になるとしたら、そのときにおれは今日のことを思い出すんやろうか。こないだの優勝の瞬間はおれメンフィスにいたんよな、って。

 ぼーっとしたままフロントロビーへ降りて朝食を食べる。お皿に取ったのはソーセージにスクランブルエッグにトースト、オレンジジュース。この感じの、海外旅行でしか食わない朝ご飯好きや。

 食後に外で一服しながら、昨日のドライブのあいまに考えとったきょうの動きを最終確認。本日訪ねるスポットは3つ。朝はサン・スタジオ、昼にスタックス・ミュージアム、そんでそっから夕方までグレイスランド。ロックンロール、ソウルミュージック、エルヴィス・プレスリー。メンフィスの音楽を代表するものばかりのトリプルパンチ。今日が終わる頃、果たしておれは意識を保って立ってられとるんやろうか。腰抜けとるんちゃうか。


 午前10時の開館時間ちょうどの到着をめがけて、ホテルからサン・スタジオへ。たいした距離でもないので車は使わずユニオン・アベニューという通りをまっすぐに歩いたけど、ほかに歩行者は誰ひとりいなかった。エルヴィスは歌手になる前トラックの運転手をしてたから、この道路もよく走ってたんやろうな〜なんて思いながら、よく晴れた車道沿いを歩く。

 さて、いま向かっとるサン・スタジオっていうのは、いわばおれの好きな音楽の源泉のような場所なんよ。おれは黒人のブルースや白人のロカビリーが大好きなんやけど、なんとこのサンというレーベルはそのどちらをも得意とした稀有な存在。これからメンフィスという土地の音楽を見ていくにあたって、その一発めに訪れるには絶好の場所なのだ。やからこの旅行記の読者には、このときのおれはさぞドキドキで歩いとると思ってもらいたい。


 なんでサン・スタジオにそういうブルースとロカビリーの両面性があったかというと、これがまた面白い話なんよ。まず、このスタジオを作ったサム・フィリップスという人は当初この場所で黒人のブルースやR&Bを好んで録音しとったから、のちにシカゴでブイブイ言わすようになる化け物みたいなブルースマンたちやソウルミュージックで名を挙げていくシンガーたちのような、たくさんの黒人ミュージシャンの出発点としてサンは栄えた。このレーベルに初期の音源を残した黒人ミュージシャンはB.B.キングやハウリン・ウルフ、アイク・ターナーにルーファス・トーマス、他にもいっぱい。サンのよく目立つ黄色いレーベルプリントのついたレコードに吹き込まれたブルースは、どれもこれも今から世界中で大暴れする気満々のギラギラしたブルースマンの熱さが詰め込まれとって、今でも湯気が立ちそうなくらい存在感がある。

 この熱気ムンムンのスタジオに、まったく別の角度からの暴風を吹き込んだのが何を隠そう、当時単なる黒人音楽大好きっ子に過ぎんかったエルヴィス青年なんよ。さっきも書いたとおりスタジオの近所でトラックを運転しとった彼はある日、素人でも自分の歌を録音してレコード盤を作れるサービスをやっとったこのスタジオを訪ねて、お母さんへのプレゼントに一曲歌を吹き込んだ。その声を聴いて特別なものを感じたスタジオ受付のお姉さんがエルヴィスをサム・フィリップスに紹介したことからどんどん話が転がっていき、結果的にこの黒人音楽を独特に歌いあげる白人の若者は、ロックンロールっていう真新しい音楽の台風の目にまでなった。これをきっかけにして今度はサン・スタジオに白人のロカビリー野郎が集うようになったわけ。ジョニー・キャッシュにカール・パーキンスにジェリー・リー・ルイス。この3人とエルヴィスを合わせてミリオンダラー・カルテットなんて呼ぶくらい、あの黄色いラベルのサン・レコードは当初のギラギラのブルースから転じて今度はピッカピカのロックンロールの旗印になっちゃったんよ。なのでこのスタジオは1950年代を中心に、初めは黒人のミュージシャンから、次に白人のミュージシャンから目指される、まさに太陽みたいな場所だったのだ。何ならさ、昨日見たフェイム・スタジオやって、サンにあこがれたリック・ホールがマッスル・ショールズに建てたものやから、そういう意味ではこのスタジオの陽光が照らした先にはとんでもない数の音楽が生まれとるんやね。そしてこのおれもまた、時代的にも距離的にも遠く離れた場所でその光を浴びた一員で、そのまぶしいまぶしい太陽を今からその所在地で拝みに行く。おれがドキドキすんのも無理はないでしょ。


 誰もいない道路から一転、スタジオに着いたとたんに建物の中はものすごい人だかり。一般ツアーは10:30開始のが一発目やったけど、この日はその前に団体のプライベートツアーがある模様。今まで何度も写真や映像で見てきたスタジオの外観にザワザワ胸騒ぎがしとったおれは屋内に入っても同じ調子で気もそぞろ、周囲のそんな事情に気づくわけもなくプライベートツアーの列に並んだためにスタッフさんに「きみはそのグループじゃないだろ」と即呼び止められ、ここでも無様に赤っ恥。

 エルヴィスが運転手をしていた電気屋さんの看板とか、すでにヤバいもんがあちこちに飾られとるロビーでしばし待つと正規の開始時間になり、いざツアーがスタート。前日のフェイム・スタジオはおれ含めてたった4人の見学客やったけど、ここは平日の初回ツアーに関わらずざっと20人、30人くらいの参加で賑わう。おれ以外はみんな白人のお客さんやった。

 まずはガラス越しに展示された、おれにとっては信じられないくらい最高のモノホンの数々を見ていくコーナー。サン・スタジオの歴史どおりに陳列されとるから、入って第一の展示がいきなりおれの大好きなブルースにまつわるものやった。B.B.やウルフをはじめブルースマンゆかりの品や写真が続々と飾られている。一般的なビッグネームだけじゃなくってハーモニカ吹きのビッグ・ウォルターのような日本じゃそこまで知られとらんブルースマンの写真までふつうにあった。ただし、時代錯誤なまでに凶悪な歪みのギターを弾いたことで有名なパット・ヘアの写真は見かけんかったね。そこはさすがに大人の事情があるのかな。奴は人生も凶悪やったから。

 とにもかくにも、おれがキッズの頃から夢に見てたものの実物がここにはある。こうして大人になってなんやかんやのめぐり合わせでそれらに対面できた。あの頃は学校中どこを探してもおれの頭の中にしかなかったキラキラが現に今目の前にあって、それをおれと同じような気持ちで各地からやってきた人々と目にして、同じようなため息をつきながら感嘆する。この状況、油断して俯瞰で考えようもんならそれだけで、ちょっともう泣きそうなんだよ。

 ブルースの展示の次にはやっぱり、このレーベルを巨大な看板に仕立て上げたエルヴィスが主役。彼の原点、自腹で吹き込んだレコードの音源をガイドスタッフさんが流してくれた。そう、まさにそれが録音されたその現場でね!すごいことよこれは。常々おれは音楽というのは何を聴くかとかどんな機材や媒体で聴くかが本懐じゃなくって、誰とどこでどんな気持ちのときに聴くかっていう文脈丸ごとのほうが大事なんじゃないかと考えてきたけど、それが本当なら、今のおれほどエルヴィスの初録音を耳にする環境が整うことは、もうこれ以上はありえないよ。

 ツアーの最後は本丸とも言える録音スタジオへ。ここもフェイム同様、今もスタジオとして機能する設備。おれはムッシュかまやつがこのスタジオでロカビリーを嬉しそうに歌う動画を見たことがある。壁に飾られた黒人白人問わないあらゆる化け物ミュージシャンの写真に囲まれながら、ここで録音された音源をガイドさんが流すのを聴く。ただただ聴かせるだけじゃなく、この音源ではジョニー・キャッシュがこの音を出すためにギターをこういうふうに弾いてたとか、そういう逸話を実演してくれるのも面白かった。みんな輪になって「はえぇ~」って感じ。

 ツアーも終わりの時間になったとき、ガイドさんがシュアーのSM55っていうガイコツマイクをスタンドごと1本持ってきた。何とこれ、50年代に使われとった実物のマイクやと言う。このスタジオがこういう展示をするようになったとき、サム・フィリップスの意向でこいつだけはガラスの向こうじゃなく裸のまんまで訪問客に見せてあげることになったんやって。すごい話や。もちろんエルヴィスもこれに向かって歌ったことがあると言う。お客さん、代わるがわるマイクを構えてポーズ取って記念撮影。むろんおれはシャイなのでやらんかった。

 ここでもお土産をたくさん買った。マグネットやショットグラスからTシャツまでいろいろ。ロカビリー好きの友達も多いしな。


 一旦ホテルに戻って車に乗り、ちょっと離れたところにあるスタックス・ミュージアムへ。言うても10分ちょっとくらいのドライブで着いた気がするよ。しかしその道中はなかなかに地元民の生活区域というか、メンフィスのネイティブなところが色濃く出た町並みやったから、どのみち歩いて行くっていう選択は難しかったでしょう。まぁむしろ、本来おれのあこがれた音楽はそういう町並みから生まれたんやろうけど。

 ミュージアムという名前にはなっとるものの、ここも元はと言えばスタックス・レコードというレーベルの本社、スタジオだった場所。それが建て替えられて出来た博物館の外観は元のスタックス・レコードそっくりで、これもフェイムやサンと同じくおれが今まで何度も写真やドキュメンタリーで見てきた建物がナマでそこにあるってこと自体にまずはブルブル来る。

 特にスタックスってレーベルは建物の見た目だけじゃなくって、ロゴやキービジュアルのデザイン性そのものがかっくいいんよ。指パッチンしとるマークとか、スタックスって名前は知らんでも見覚えのある音楽好きは多いかも。実際、これから見ていく展示にも目に見えるデザインを意図的に重視しとったことについて解説があったりしたんよな。おれもまんまとその企業戦略に魅了された1人ってことやね。

 ただし、おれがこのレーベルを好きになったのは何も、そんなビジュアル面だけがきっかけじゃない。肝心の音がそれに負けんくらいめっちゃくちゃイカしとったんよ。


 フェイム・スタジオにスワンパーズやフェイム・ギャングというセッションミュージシャンがいたように、スタックスにはブッカー・T&ザ・MGズっていうバンドがおった。いちばん好きなバンドは?って聞かれたときにおれは人と時と場合によるけどこのバンドの名前を出す、それくらいに好き。もっと言うと、オルガンのブッカー・T・ジョーンズ、ギターのスティーブ・クロッパー、ベースのドナルド・ダック・ダン、ドラムのアル・ジャクソンJr、4人それぞれが楽器ごとにおれのいちばん好きなプレイヤーに挙げれるくらい好きなんよ。

 初めて知ったきっかけは何やったんやろうなぁ。オーティス・レディングのモンタレー・ポップ・フェスティバルのライブ映像か、ブルース・ブラザーズの映画か、忌野清志郎の「メンフィス」っていうアルバムか、そこらへんのどれかな気がする。とにかくそのどれもこれものバックで、めっちゃカッコいい演奏をしとったんよ、彼らは。おれはこのバンドと同じくらいの頻度でザ・バンドっていうバンドを大好きなバンドに挙げるけど、どっちにも共通して言えるのはボーカルに寄り添った演奏が出来るところ。個性が最前面に出る歌声の邪魔をせんというよりむしろ引き立てる音が出せて、なおかつ自分たちのカッコ良さも人の耳に残せるバンド。こんなの、なかなかいないもん。

 ともかくスタックスというレーベルはそういうピシッとキマッたサウンドに、オーティスやらサム・アンド・デイヴやらルーファス・トーマスやら化け物じみたシンガーの強烈なボーカルが弾けて混ざってソウルの大爆発を起こした。それに吹っ飛ばされたのがブルース・ブラザーズや忌野清志郎や大阪で言うたらサウス・トゥ・サウスで、それらを入り口にしてさらに吹っ飛ばされたのが21世紀のおれなんや。


 さて、スタックスは1974年と割と早めに閉めちゃったんでスタジオとしてはもう50年間生きてない場所になる。やからこそ博物館として特化した展示はバリバリに本気やったね。ツアーガイドに付いて回るシステムじゃなく、入ったらまずスタックスの歴史を軽くまとめた映像を見て、そっからは各々で順路どおりに見物していく形。印象に残ったのは、この施設はスタックスサウンドだけを取り上げるわけじゃないっていう姿勢が見てとれたことかな。例えばさ、展示の順路のスタート地点はスタックスの創立じゃなくって、なんとかつてある小さな町に建っとったのをこの館内に移設してきたという、古い小さな教会丸ごとなんよ!まるでおれの好きなみんぱくみたいなことしやがる。「ゴスペルとブルースはソウルを作ったレンガのようなもの」って言葉にもあるように、そんな教会ではゴスペルを熱唱する文化の土壌があった。それに加えスタックス以前の時代にゴスペルと大衆音楽の橋渡しになったトーマス・ドーシーやシスター・ロゼッタ・サープの紹介をしたうえでやっと、スタックスゆかりのミュージシャンたちがゴスペルから受けた影響を語っとる映像が流される。ソウルミュージックがいきなりスタックスだけからポンと生まれたもんではないんやでっていうメッセージを感じた。展示が進んでってもそういう主張は一貫しとって、でっかいアメリカ地図にこの土地以外の各地で栄えたソウルの特色を書いたアメリカソウルマップみたいなのもあったり、黒人音楽の殿堂みたいなTV番組やったソウル・トレイン、そんでモータウン・レコードのことも解説されてたり。何ならソウルに限らずカントリーミュージック畑の有名番組、グランド・オール・オープリーのことまで。そこらへんが現役スタジオらしいフェイムやサンの「ここがどんだけオリジナルか」っていう強調に基づいた展示のしかたと対照的で、あくまでアメリカ音楽の雄大な歴史の中でこのソウルズヴィルとまで呼ばれるソウルミュージックのヒットメーカーは誕生したってこと、ほんでこれからもその火を絶やさんと繋げていこうとしとるってことを伝えようと考えられとるのは、ミュージアムとして生まれ変わったこの建物らしい姿勢やった。ミュージックアカデミーみたいなのも併設されとったのがその証拠やな。

 スタックス自体についての展示ももちろん最高で最高で。大好きなアーティストはめちゃめちゃにおるけど、オーティス・レディングとMGズは中でも特別に好きやから、彼らの身に着けてたものや楽器の実物の数々にはぶっ飛んだよ。たぶんこういう感想をおれはこの旅でどこかを訪ねるたびに書くと思うけど、マジでこのパンチ力ってすごくって、結局この日なんて興奮するのに疲れ果てて、結果を先に言うと19時にはホテルの部屋に完全撤収しちゃったもん。クロッパーのテレキャスやダック・ダンのベースはちゃんと横からも裏からも食い入るように見ちゃったし、アル・ジャクソンのドラムキットの椅子の高さやスネアの傾きかた、そのスネアに置かれた財布なんて、ほんまにどっかで読んだ逸話どおりなんや!とか、見るものすべてに感激がいろいろ。今までのおれが純粋に好きで好きでネットや雑誌を漁って調べて得た豆みたいな知識が、いちいち大砲みたいにドカンと現物の情報として跳ね返ってくるこの感覚は、遠い国であこがれつづけた年数のぶんだけ自分の中で重たくなっとったんやろう。これらぜんぶ、高校生のときのおれに見せたいって気持ちもなくはないけど、そのころの自分にはここまでの衝撃は味わえないし、逆にもっと老いてからこの場所に行きついとったとしたら、感動のカロリー消費が多すぎて今回の旅みたいな行程はこなせなかったかもしれない。つくづく、今ここに来たのがおれの正解やったんやと思うよ。旅と言えば全盛期はレーベル上げてのヨーロッパレヴューも多かったスタックスだけあって、メンフィス・ホーンズのトランペットやったウェイン・ジャクソンの私物のカメラなんかも展示してあったり、その頃撮ったプライベートムービーが流れてたりもした。おれが旅したように彼らも旅してたんやな。

 最後にここでもお土産を買う。指パッチンのマークのキーホルダーとかは多めに。帰国したら適当に音楽好きに配ろう。


 スタックスを後にして急ぎ、車で南へ移動しグレイスランドへ。グレイスランドとはエルヴィスが売れっ子になってから死ぬまで暮らし、今もお墓で眠る邸宅のこと。私邸とはいえ近づくだけで悟る、これはもはやテーマパークの規模なんよ。バカでかい駐車場に停めるのに10ドルかかるところからして今までの訪問先とはスケールが違う。

 見学の対象は邸宅本体だけじゃなくて、エルヴィスのマイカーコレクション館、プライベートジェット、彼の功績をテーマや時代ごとに分けて建てられた特別展示館など、よりどりみどり。展示を見るのを最優先にしたから行けんかったけど、でっかいレストランもあったりする。

 メインゲートから入ってレセプションホールへ、たくさんの人だかり。こんだけ人おってもアジア人見かけんなぁ。事前に買うとったパスを通したら遊園地的なノリで記念撮影をパシャリされて、邸宅へ向かうバスに乗る。ここでなんとツアー客ひとりひとりにタブレットが配られた。日本語含めた多言語に対応しとるやつで、自分が今見てる部屋ごとにタッチすればそれに応じた音声ガイドが流れる仕組みだそう。すげえや。

 そんなゴージャスな案内設備を手にしとると忘れそうになるけど、これまで訪ねてきた場所と違ってグレイスランドはあくまでエルヴィスの私宅っていう極めてプライベートな場所やから、家の中にある部屋や家具、身の回りの調度品を目にしたところで、スタジオみたいに「これが写真で見たアレの現物かぁ!」みたいなタイプの感動よりかは、「この人もプライベートのある実在の人物やったんやなぁ…」的な感慨のほうが大きいんかもな、なんてバスに揺られながら予想してた。

 しかしいざ豪邸の内部を見て回ってみると、結果的におれに去来したのは「うわ現物のアレや!」って感動のほうが強かったんよ。なんせいくら自宅とはいえ、最近公開された伝記映画も含めていろんなメディアで目にしたことあるんやもん。ただし、本邸の2階部分はエルヴィス生前の意向もあって今でも丸ごと非公開なんよね。この、「見れんかった場所の存在」こそがさっきおれが予想しとった「エルヴィスにもプライベートな空間ってあったんやな、やっぱ人間やったんやな」っていう思いを味わわせてくれたよ。それも面白かった。

 一方で、展示外のことになるけど、バスの運転にせよ館内の誘導にせよ数えきれないほどあるお土産店の運営にせよ、他の施設とは比べられんほどのスタッフさんの人数も印象的やったね。たった1人のエンターテイナーが、死後これだけ経っても地元にこんだけの雇用を生むってすごいよなぁ、と。エルヴィスって人間やなって思ったり、エルヴィスってバケモンやなって思ったり、感情が忙しいんだよ。

 そんなこんなでツアー客の群れにまぎれながら自宅の中を順路通り見て回る。キッチンやビリヤード台のあるプレイルーム、ほんでエルヴィス邸と言えばよく語られる逸話でおなじみの、テレビが3台並んで同時に見れるあの部屋の実物も!いっとき「はえ~」と立ち尽くしつつ、うしろのお客がつかえないように歩いていく。

 おれと同じ時間帯で邸宅を見物しとった人の中に、ラテン系と思われるおじいちゃんがいた。おれよりちょっと年上かな?って感じのめちゃめちゃハンサムなお兄さん2人とここに来たっぽい。2人はどうやらどちらもこのおじいちゃんの息子さんらしい。息子らは展示を見てても「わぁ、エルヴィスってすごいなぁ」くらいのリアクションですいすいと進んでいくんやけど、おじいちゃんがちょうどおれみたいに何かを見るたんびにいちいち「はえ~」ってしとるから、彼を置いていきそうになった兄弟にしょっちゅう「パパ!」って呼ばれとんねん。勝手な妄想に過ぎないんやけど、たぶんこの3人、おじいちゃんの誕生日か何かを記念して親孝行にせがれが2人して親父の大好きなエルヴィスの聖地に旅行で連れてきてあげた、みたいな事情でここにおるんじゃないんかな。じゃないと父子の温度差と世代差が説明つかんもん。そんでさ、おれと年代も国籍も違う人がおれと同じように「はえ~」てなってて、いっぽう世代自体はおれとよく似たその息子たちにはそこまで刺さってないっていうその光景が、何となく面白くっておれの印象に強く残ったよ。おじいちゃん、もしかしたらリアルタイムで思春期の頃エルヴィスめっちゃ好きやったんかな。そうやとして、今日やっとグレイスランドに初めて来れたとなったら、その感慨たるやすごいやろうな。さっきスタックス見てたときにおれがちょっと思った、「30代で来れてよかった、もっとじいさんなってからやったら積み重なった感情が追いつかんかったやろ…」ってやつの、リアル版でしょ。それはすごいことよ。

 邸宅見学の順路の最後はエルヴィスと両親のお墓。もう死んじゃって50年近くになるけど、今もなおお花がいっぱい。彼らのお墓のとなりには死産になっちゃったエルヴィスの双子の兄弟のちっちゃいお墓もちゃんとあった。さらに今年亡くなった娘のリサ・マリーの新しいお墓も設置されてた。

 邸宅をあとにして展示館を回っていく。こっちはやっぱり生活や身の回りのことじゃなくってどストレートにエルヴィスの音楽的な経歴を溢れんばかりの実物とともに紹介しとるから、ただただ呆気に取られたなぁ。おっきなモニターに映るエルヴィスが着てる衣装がそのまんま、モニターの隣のガラスケースの中に展示されてる。手品ですか?って感じ、もう意味わからんよ。個人的には68年のカムバックTVスペシャルで着とった、黒い革の上下がすんごいテンション上がった。あの映像と音源たまらなく好きなんよ、エルヴィスが久しぶりに純粋にロックンロールを楽しんでる感じがして。タイトな革ジャンってこともあって当時のエルヴィスのスタイルも具体的にありありと伝わるってのも良かった。カッコいいガタイしてたんやな~って。

 高級車コレクション館もプライベートジェットのコーナーも見てったが、これらも現物には変わりないんやけどスケールがでかすぎて「これに生きたエルヴィスが乗っとったんや」って印象よりも「エルヴィスってやっぱ空想の人間みたいなやつやな」的な感想になっちゃうよ。やはりここはテーマパークなんじゃないか、それもアメリカ人大喜びの展示に特化したやつ。車も飛行機もバイクもさ。

 けどほんまにそうなんよな。来る前にチケットをネットで買うときは、このチケットならカーコレクションもジェットも見れますよ!ってアピールが目立ってておれとしては「別に本宅と音楽の展示がメインなんやけどなぁ」なんて感じとったけど、実際来てみると思う、たぶんこの国の人々からしたら「カッコいいアメ車」や「ヴィンテージバイク」とかそういう文化に並ぶ形で「古き良きロックンロール」、もっと言うと「エルヴィス・プレスリーというアメリカ音楽のアイコン」が存在しとるんちゃうかな。ピカピカのクラシックカーに目を輝かせてるおっちゃんとかを見とると納得が行ったよ。何かさっきのおじいちゃん然り、展示の外のことも思うことがいっぱいで面白いなぁ。かく言うおれもそういう車は大概お好きなほうなんやけどさ、おれの文脈にとっちゃあ、それらをエルヴィス本人の展示のインパクトと比べるのは酷ですよ。グレイスランドを訪ねる人それぞれに、何をお目当てにするか自分の文脈があるってことやな。

 他にも展示コーナーはいろいろあったんよ。エルヴィスの軍役時代の私物や暮らしを特集してたり、ほんまにいろいろ。面白かったのは、そこまでいろんな場所で展示を展開しておきながらなお現在ガラスケースに並べきれてない私物のアーカイブまで一部公開されとったこと。エルヴィスの使ってたジュースサーバーから、有名な逸話どおりエルヴィスが拳銃でぶっ壊したであろうテレビまで、大小何でもござれ。あと最後にもう1個くらい展示の具体例を挙げとくと、本人じゃなくってエルヴィスが影響を与えた他のエンターテイナーたちの衣装実物の展示もあったわ。ミュージシャンはもう挙げたらキリがなさすぎるけども、おれの好きなアメリカンプロレスのヒーロー、ザ・ロックことドウェイン・ジョンソンのエルヴィス風スーツもそこに飾られとった。ロックってやっぱでっかいね。スーパースターとは言え一個人の記念館が、こんだけテーマや時代を小分けして展示を充実できるって改めてすごいや。一流の博物館も真っ青やで。

 お土産店もいくつかめぐりながら閉館時間をちょっと過ぎるまで過ごして駐車場に戻る。もうそれこそ遊園地で一日遊び疲れた子どもみたいにケチョンケチョンに疲れた。きょうの観光はこれにて終了。


 今すぐにでも寝落ちできるくらいの残り体力やったので、マクドに寄ってテイクアウトしてなるたけ早くホテルへ直帰することに。マクドはどの店舗でもタッチパネルがあるので、人見知りのおれでも注文のハードルが低いのだ。天気が良い日でも一日を通して気温は低めで過ごしやすい気候しとるんやけど、やっぱり日本と比べて空気が乾燥しとるんか、目と唇がやけに乾く感じがする。けどまぁ、ひょっとするとこれはおれが終日目も口も開きっぱなしでいろんなものを見過ぎたせいかもしれない。


 胸のタイマーをピコンピコン言わせながらもホテルに無事帰還。本当はメンフィスの夜にはビール・ストリートというとっておきの楽しみな場所があるんやけど、体力が持たんので明日に取っておくことにする。


 このメモやってさ、ほんとはかなり序盤のほうで気絶したんで大半は翌日以降に書いたんよ。







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