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財布を失くした話とカネを考える話(後編)

執筆者の写真: bunkeiedison
bunkeiedison
2019年12月8日
読了時間: 7分

更新日:2019年12月29日


けっきょく未だ見つからねえ


畜生が! 世の中カンタンには行かないね

どんなに大変だかあんたに分かるかい

こんな調子で進んで行きゃあ、

ヤツら俺を磔にしかねないや



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




◆


今週は財布失くし話のつづき。


カード類の再発行も済んで、おれに日々の暮らしがまた戻ってきた。

光熱費やらいろんなモンの支払いが不履行になってたのも解消した。

よりによって月末に失くしたもんなぁ。

畜生が!



◆


財布を失くしてから、先週書いたようないろんな出会いもあり、日にち的にもある程度経ったことから、冷静に「カネとは一体おれにとって何ぞや」と考え直せるようになってきた。



そもそも時系列では、失くす前のタイミングでたまたま友達にそんなテーマの話をされてたんよ。

よし、そしたら一回考えてみよか、なんて思っとったら酔っ払って財布を失くしてエラいめに遭った。


最近、人生がまるで喜劇で仕方が無い。



◆


ひとつ、今回の経験も通しておれがより強く思うようになったのは、自分にとってのお金とは、まず何より「ナワバリ」を維持するための手段というか、材料みたいなもんなんよな。


さっきちょこっと言った、カード払いができなくなって光熱費の支払いが滞りかけた、ってのも良い例や。

自分の今の生活を確保するためには、どうしたってカネが要る。

やりくりできるお金が減れば、おれはせっかく手にしたこのイカした住み家での暮らしができなくなる。


それでもなお生きていこうとするのならば、当然自分のナワバリを狭めないかんくなる。

そういう事態を防いでんのが、やっぱりわずかながらも日々稼いどるカネなんよな。

現金もクレジットも使えんくなって途方に暮れたとき、ますます身に沁みて分かったわ。



「生きていけるだけの金があればそれで良いやんけ」っていう話は今までも良く友達としてきたな。

生きていければそれでいい、というのは大人になるにつれて、その難しさが分かるほどに思う。



◆


それでも、大抵の人は不思議と「大金持ちになりたい」と思う。

宝くじでも、株でも、仮想通貨でも。

日頃の働きとは違う形で舞い込む身に余るほどのラッキーな大金に夢を見る。


そうや、年末ジャンボも売り出したなぁ。

おれも財布探しながら駅前のチャンスセンターを通りかかったときは流石に「宝くじでも当たればなぁ」て思ったわ。

宝くじ買う金すらも手元に無かったけどな。

畜生が!



思うに、さっき言った「ナワバリを守るためのカネ」と、「身に余るほどの大金」ていうのは根本的に性質が違う気がする。


ここらへんの違和感を出発点に、おれの現在のお金観を、最近ぼーっとしながら突き詰めてみた。



◆


要するに、自分のナワバリを守るもんには、自分のニオイが無いといかんのよ。



マーキング
・目印を付けることを指す英語。 ・上記の限定的な用法の一種で、動物が木や岩、建造物などに糞尿をかけたり体の一部をこすりつけるなどして臭いをつけて、縄張りを示す行為。


おれが働いて得た少しばかりのお金って、ナワバリの維持の話になぞらえると、マーキングに使うおれ自身のウンコと全く同じ役目なんよな。


おれがどんなふうに働いてその金をもらったのか、どんなふうに人の役に立ってその金を稼いだのか、が分かるような、おれのニオイの付いたウンコ。もといカネ。


そういう性質のお金じゃないと、おれはおれのナワバリのマーキングはしたくない、と強く思う。


そしてそのカネ、もといウンコは、いつでもおれの納得のいくニオイであって欲しいと思う。

きったねぇ稼ぎかたをした日のウンコからは、きっと元気なマトモな状態のときのウンコとは似ても似つかぬくっせぇニオイがする。

そんなウンコでおれの巣なんぞ守れるか。

卵の腐ったようなヤバいニオイのウンコしか出なくなったら、仕事は辞めなあかん。



「ここから先は自分のナワバリや」としっかり伝えられるマーキングができるのは、自分らしいニオイのする、自分自身のひり出したウンコだけや。



先週の前編で書いた合鍵屋さんに出会って、ちょっとこういう考えが一層強くなったんよな。


何百ともある雑然とした大量の鍵の中から、瞬時にマッチする鍵を見つけ出したあのお父さんの仕事ぶりを見たときに、あぁこの人は自分の仕事場のこととか鍵の知識とか、しっかりナワバリ持ってやってきたんやろうな、と思った。




◆

一方、ラッキーで得た身に余る大金とやらには、得た人自身のニオイは無い。

ナワバリを広げるには余りあるカネやとしても、その拡張したナワバリのマーキングが無臭、無色、無味であれば、必ずそのナワバリに侵入者は現れる。


高額の宝くじ当選者には賢明な大金の使い方の載った手引きが渡されると聞いたことがある。

マーキングの仕方を他人から習う野生動物がおるか。



◆


珍しくマトモで意識の高いことを書いてると思われるかもしれんが、おれがここで例えに出したのは文字通りの「マーキング」であって、本来アニマルですら本能でこなしとることなんやで。


カネに溺れる人間が少なからずおる時点で、ヒトなんぞ生態系のピラミッドの頂点に立つ器じゃない。

畜生が!



◆


さて、そんなおれにももちろん、「生きていけるだけの金」以上に儲かりたいっていう気持ちはある。


おれにとってお金とはナワバリを「維持する」ためのものだけでなく、ナワバリを「広げる」ための手段でもあるから。



おれが自分の好きなものに何ひとつ出会えてなかったら、ナワバリを広げる必要は一切無かったし、広げたいとも思わんかったと思うけど、幸か不幸かおれは狂おしいほど大好きな娯楽にたくさん出会ってしまった。


レコードを聴くにも、ギターを弾くにも、ギターを作るにも、ライブに行くにも、ライブをやるにも、クルマに乗るにも、絵を描くにも、絵を見るにも、酒を飲むのだって、何につけカネが要る。


しかもこれらの事柄は、どれもこれも実行できなかったらおれがおれでなくなるんちゃうかって本気で思うほど好きなもんばっかなんよ(酒は違うか)。


やからおれは、自分の衣食住を保つ巣の外にも、ナワバリとして確保せなあかんスペースがある。

そのスペースを囲えるだけのマーキング用ウンコは、しっかり自分の体に溜め込んどかなイカンのや。


このマーキングこそ特に、おれのニオイの染み付いたウンコをベットリ擦り付ける必要があるとおれは考える。

他者から見たらおれの好きな娯楽なんて、生活の基礎である衣食住とは優先度1ランク下のスペースにしか見られないから、攻撃を受けやすいのよ。

「無駄遣いすな」「もっと役に立つ金の使い方せぇ」「身の丈に合ったもん買え」云々と。


そういう野良犬の吠える声に一切耳を貸さず、一歩も立ち入らせないために、おれの好きなもんのナワバリには渾身のウンコでマーキングしたい。

おれが稼いだ金や、好きに使って何が悪い、と。



◆


そら、おれかて貰えるんなら大金は欲しい。


でも、そういうラッキーマネーが舞い込んだとしても、きっとおれは自分の娯楽には一銭も使わんと思うわ。

これまで説明した理論のとおり。


強いて言うならそういうアブク銭は、おれの好きな娯楽のジャンルを独占して楽しんでるような富裕層のジジイどもを蹴落とすために使うかもしれんな。

ニオイのしないウンコなら他のヤツのマーキングウンコのニオイを洗い落とせそうやん。

そんで、そいつらの撤退したスペースを自力でおれのナワバリにする。



◆


ということで、おれにとってのお金ってだいたいこんな感じやったわ。


要するにおれのニオイのするウンコや。


金持ちになりたい、稼ぎたい、大いに結構。

そやけど、どうせなら自分のニオイのついた、自分で責任の持てるウンコをしてほしい。


それを世界有数のウンコ主義国家のこの国に求めます。




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




A: ブルースをルーツに演奏してきたあなたが、こうして突然年に何百万、いえ何千万ドルもの大金を稼ぐようになり、「すっかりリッチになって不安や不幸と無縁になれば、これ以上ブルースなんか歌えないだろう」と言う人もいるそうですが?


B:違うね。大金を稼ぐからこそブルースが歌いやすくなることもあるんだよ。金なんてものは簡単に手に負えなくなるからね。特に若いミュージシャンであれば大金を見ただけで「ワァ、こりゃスゲエ」なんて飛びついて自分を見失い、音楽の才能まで忘れてしまう。そうなったらむしろ今までよりもっとブルースを歌うようになるさ。





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