財布を失くした話とカネを考える話(前編)

更新日:2019年12月29日

もし厄介ごとが金になるなら、俺はきっと今ごろ億万長者だよ
もし厄介ごとが金になるなら、俺はきっと今ごろ億万長者だよ
もしも心配ごとがドル札だったなら、ああ、
俺は世界丸ごと買い占めたって持て余すほどの金持ちだろうよ
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つい先日、泥酔して財布を失くした。
おかげさまで今も見つかってない。
で、ここんところ、冒頭の歌詞の出てくるブルースがよく頭の中で再生された。
前々からこの歌詞、すごい好きやったんよな。
友達から「お金について日記で取り上げてくれ」って言われたときも、ふと思い浮かんだのはこのフレーズやった。
厄介ごとが金になるなら、大金持ちになれるっていう歌。
面白いことに、財布を失くしたおれは手持ちの金も無ければATMから金も引き出せない境遇になるほどに金から遠ざかったのに、そのぶん厄介ごとにたらふく悩まされた。
厄介が多いほど金持ちになれるんじゃなかったのか、なんて思いながらすっかり寒々しくなった道を最寄駅にある交番まで歩いたっけ。
もはや遠く感じるけど、つい最近の話。
ただ、財布を失くしてこそ出会った経験もいくつかあった。
財布を失くした翌日の夕方、交番でお巡りさんに事情説明をしてるときのこと。
おれより先に交番に来てたおじいちゃんが奥に座ってた。
おれがお巡りさんに呆れられながら財布を失くした顛末を覚えてる限り(ほとんど無いが)伝えている最中、おもむろに立ち上がって外に出ようとするおじいちゃん。
おれの話を聞いてたお巡りさんが慌てておじいちゃんを呼び止める。
「ちょっとちょっと、お父さんどこ行くん!」ってキツめに。
おじいちゃんは無視してそのまま歩いて行こうとするが、奥から出て来た別のお巡りさんも加勢に入って止められると、仕方なくパイプ椅子に戻った。
「どこ行くって、家帰るんやんか…」と答えるおじいちゃん。手ぶらやった。
こうしたやり取りがもう何度目かやったんか、疲れ気味にお巡りさんが聞く。
「帰るって、家どこか分かってんのかいな?」
「…それが分からんからこうして交番に来たんやんか!」
席に戻ったおじいちゃんにさっき奥から出てきたお巡りさんが、おそらくこれまでも繰り返してきたであろう質問をぶつける。
どうやら自分の名前も、住所も、きょう何をしにこの駅まで来たのかも覚えてない様子。
「早よ家帰らしてや。もう日も暮れてきたし…」
「今こっちも車出す準備してるからちょっと待ってってば。ほんまに住所覚えてへんの?メモとか無い?」
交番の奥では住宅地図とにらめっこしてるお巡りさんたちが、今までのおじいちゃんへの質問で目星をつけた住所に彼を連れて行くかどうか決めあぐねてる。
「この住所に行ってみても確証持てんままやったら、そこに置いて帰る訳にもいかへんしなぁ…」らしい。
思えば、自分の身分を証明するもんの入った財布を失くしたおれと、自分が何者か分からないらしいこのおじいちゃんとは、「手ぶら」っていう状況には何ら違いがない。
差があったのは、おれが自分の名前や住所や電話番号なんかをソラで言えたっていう点だけなんよな。
記憶があっただけ。
前日の晩どうやって帰ったかは覚えてないのに。
おれが交番を出てからしばらくして前を通ったときも、おじいちゃんは外に出されることなく奥で頬杖をついて座ってた。
財布が出てこないまましばらく経ったあと、諸々のカードの再発行の他に、財布に入れてた合鍵も作り直さなあかんかったんで、適当に調べて出てきた近所の鍵屋さんを訪ねることにした。
ネットに載ってた番号に電話すると、「よし分かった、すぐおいで」とのこと。
Googleマップの音声に従って向かううち、どんどん道は狭く、住宅地に入って行った。
結局マップが到着を告げたのは、ごく普通の一軒家に大きめの納屋が付いた感じのおうち。
原付を道端に停めてると、納屋からおじさんが「おう、入っといで」と呼んでくれた。
この納屋の中が、ほんま驚いた。
壁一面に、えげつない量の鍵がズラーっと掛かっとる。
その前にボール盤やら何やらの穿鑿工具。
パソコンもプリンターもある。
中央に丸椅子が2つ。
納屋なのになんだか、町のお医者の診察室を思い出すほど、ムダがない。
入り口側の丸椅子に座らされ、本鍵を見せる。
一目見ると、おじさんは「よっしゃよっしゃ、ちょっと待っててな」と言って、膨大な量の鍵の棚から、あれかなこれかなと独り言をつぶやきながらいくつか鍵を選び取った。
それらを本鍵と見比べたと思ったら、「よっしゃコレやな」と1本選んで、それを穿鑿工具にササッとかけた。
「ほい、できたで」。ものの10分くらい。
お父さんの言い値で払った値段は、後で相場を調べてみたら信じられんくらい安かった。
おれの趣味や嗜好を知ってれば分かると思うけど、おれの持ち物の鍵には、ポピュラーなものは少ない。
変に古かったり、タマ数が少ないもの用の鍵ばかり。
それが、この鍵屋さんは、おれの持ってきた鍵の形を見ただけで、自分の持つ膨大な鍵のアーカイブから自分の欲しい形の鍵を瞬時に検索して選び出すっていう離れ業を、ソラでやって見せた。
これには記憶というより、経験の積み重ねが成せる技と言ったほうが良いのかもしれない。
とにかくごく近所にこんなイカした仕事場と立派な腕を持った職人さんがいたことに驚いた。
すっげえ優しかったし。
…財布を失くしたエピソードから、自分にとってお金とは、ていうテーマに自然に繋げようと思ってたら、そこから得た体験は、思いのほか「ソラで何かをすること」という別の共通テーマを持ってしまった。
ただこの「ソラで」っていう言い回しは、自分のお金観についても通ずるものがあるんよなぁ。
たまたま、偶然にも。
いや、そういうふうに繋がるためにも、おれが財布を無くすのは必然のイベントやったのか。
それにしては、あそこまで酔っ払う必要は無かったやろうになぁ。
さすが27歳、忌まわしい年や。
気ぃ抜いとったらほんまに痛い目見る。
来週はもっと広く、お金全般を考えた話を書きます。
たまには続きモンにしたほうが、購読者が増えるかもしれん。



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