海賊ラジオを始める話


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ウルフマン、ああ、ウルフマン、ああ、ウルフマンが吠える
ドンドコドン、卑劣なことこの上ない殺人だ
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1962年から1964年にかけて、メキシコのXERF-AMで、1965年からは同国のXERBでの活動を通じて著名になった。これらの局はアメリカとの国境付近にある過大な出力を持った放送局であり、アメリカ全土にリスナーを持っていた。番組や広告もアメリカ側で制作され、事実上の海賊放送として機能していた。この時期に、のちにトレードマークになる犬の遠吠えの声まねから、ウルフマンを名乗る。
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ウルフマンはカートに対して、あくまでも自分は小間使いであり、ウルフマンは世界中を飛び回っていると告げます。 そして今、生放送しているモノの声はこうなんだ! と彼の声のテープをかけて見せます。で、自分はウルフマンじゃ無いが、彼ならこう言うハズだ。 と悩むカートに的確な、素晴らしいアドバイスを与えてくれるのです。
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定期的な日記の更新は休止して、代わりに自分なりのラジオ番組として、肉声で出来事を記録することにした。
※もう無いよ。
慣れないながらラジオ風の音源編集をして、初回分は先週のアメリカ独立記念日に公開した。
次回以降も、少ないながら誰かがおれの好きなことに興味を持ってる限り(もっと控えめに言うと、いつかは誰かが興味を持つようになる可能性がある限り)、一定のプラットフォームに、一定の更新頻度で公開していくつもりやった。
ところがどっこい、初回を公開して6時間ほど経過して、突然アカウントの停止&削除をくらった。
なんでこうなった?
思い当たる節といえば…
タイトルコールにネットの海で拾ったいろんな放送媒体の音源から自作したサウンドコラージュを使ったことか?
途中のSEに、自分の演奏とはいえオールディーズのカバーを使ったことか?
どっちも2、3秒かそこらの短さなんやけどなぁ。
とにかく、運営側から「お前のアカウント消したったで」っちゅう知らせのメールが届いたのはもうその日の深夜になってたし、すっかり酒も飲んでたので、「まぁシャーナイか…」なんて思って布団に入った。
それから数日経ち、じわじわと自分の頭のなかに沸いてきた考えは、「どこを変えれば音源が認められるのか?」なんていう見上げた向上心ではもちろんなく、「消されるタイムリミットがある音源のほうが、なんかカッコええんちゃう?」ていう、アホでありながらも前向きな、かつ生産性の無い、絵に描いたようなパンクスピリットやった。
そもそも、自分の普段の声色が元来苦手なおれにとって、この試みはそもそもちょっとハズいな、て思てたんや。
それでも、自分の好きなものに対して、今まで慣れ親しんできたような書き物やら写真やら、はたまた動画やらで他人に伝えるのとは別に、完全に音声(音楽でもない)だけのメディアで向き合うことに興味が湧いたからこそ始めた、この試み。
そんな葛藤ある事情のなか生んだおれの音源が、公開から長時間が経って人目もとい人耳に多くふれる前に、アプリの運営側で勝手に消去してくれるなら、それは言わば、自分の拙いしゃべりの公開に対するおれの抵抗感を肯定する大義名分ができたようなもので、不思議と安堵感がある。
もしかして、インスタの「ストーリー」機能の良さって、こういう感じのことなんやろうか?
よう分からんから使ったことなかったけど、なんか腑に落ちたかもしれんわ。
それはさておきこの削除処分、そんな個人的な感情をよそにした面でも思うところがあって、おれは自分の音源作りの方法を曲げるつもりはない。
今回の音源が、おれが冒頭のほうでふれたような仮説、つまり何らかの著作権関連の原因でフッ飛ばされたとするなら、そのルールは一体、その著作物とやらの何を守っとるんや。
著作権制度は、著作者の努力に報いることで、文化が発展することを目的としています。
おれがサウンドコラージュの素材にした音源は、関連性の無いそれぞれのメディアで放送されたセリフの中から、ほんの1語ずつ抜き取ったものや。
それを速度調整した上で繋げてできたのがその音源やが、素材それぞれの「1語」の著作者とは、一体誰や?
それを発した喉チンコの所持者か?
はたまた、その1語自体の意味する内容の関係者か?
というかそもそも、待てよ、おれが作ったあんなお粗末なサウンドコラージュが原因でアレが削除されたとしたら、運営側はあの1語1語から元音源が分かったんか?
そうやとしたらすんごい管理システムやな…
えぇ、そんなことあり得るもんなんか?
そしたら何か、おれが自分の楽器で弾いたオールディーズの曲、いや、曲というより1コードぽっちくらいの音やけど、あっちが原因なんか?
あのコードが、あのフレーズが誰の著作物やって言うねん。
あんなもん、他の曲でもクサるほど使われとるわ。
よう特定できたな。
…いや、この話では「どこのどの部分がアカンのか?」っていう、ケツ穴の小さいコマいことを言いたいわけじゃなかった。
そもそもの、もっともっとデカい話や。
「なんで音楽をそないにキツく著作権で守らなアカンねん?」、や。
ちょうどおれが日記を書き始めた、初回がこれに近い話やったな。
そう思えば、今さらダラダラ書くのもメンドいか。
同じこと書いたって、おれの日記の「著作権」が侵害されるわ。
…あほらし。
簡単に言うと、
ただでさえ痩せ衰えた昨今の音楽畑、「著作権」とかいう一件万能そうに見える強力な農薬に頼って守っとるようじゃ、絶対にそのうち、次の芽を生やすために必要な養分や益虫までもが死んでいくと思われてやまない、
てことや。
音楽なんて突き詰めてったらもともと、カバーもオリジナルも大差ない気がしてシャーナイんよな。
大元なんてどうせ、原始人が火ぃ囲んでワイワイやって踊り狂ってただけやんけ。
全部それのカバーちゃうんけ?
上手な歌手にも、しょーもない歌詞のオリジナル曲よりも、カバー曲の名演で有名な人っておるやんか。
そういう歌手と、「唯一無二の世界観を描くシンガーソングライター」みたいなタイプの歌手の間に、おれはあんまり差を感じない。
めちゃ極端に言うと、それらはどっちも等しく、「原始人のよろこびの歌のカバーが上手い人」や。
ウホウホや。
なんとなくやけど、ジョン・レノンが40歳で死なずにあのまま今日まで生きてて、あのイマジン脳で80になっても生きてたら、今ごろ自分の楽曲ぜんぶフリー素材化してたんちゃうか?と思うときがある。
「音楽を音楽に返すときが来たのさ」とか言ってそう。
今まで成したことで財を得きった状態で長生きしてたとして、そういう思想に至ってなけりゃ、ウソやろ。
インチキおじさんじゃあるまいし。
…話がズレきらないうちに今回の締めくくりに入ると、おれは自分の好きなことを表現するとき、できるだけヘンな制限に気をとられ過ぎたくないんじゃ。
それでも、何かを作って公開する環境をおれにくださっとるアプリの運営側が制限すると言うんであれば、もちろん甘んじて受けて、その制限の処分が下されるまでの許された数時間だけをできる限りに楽しませてもらおうと思う。
限られたおもちゃで想像力使って目一杯遊ぶのは、幼少のころからおれは得意や。
おれが今まで作ったもんのせいで、誰かの収入が減ったりしたんやったら申し訳ないけど、そんな影響力はおれにはまず無い気がするぞ。
こんなもん、誰も見も聞きもしとらんやないか。
おれだけが自分の金と時間減らしとんねん。
今後も1ミリも金儲けするつもりなんぞ無いから、好きにさせぇよ。
人気が出るほど、注目を浴びるほどにこういう制限に足をとられるんやとしたら、おれはこんな海賊放送的なスタイルで逃げ隠れするゴキブリやドブネズミで一生構わんわ。
誰がゴキブリじゃ。
せめてつちのこでありたいな。



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