LYRICAL BANANA vol.5 「災い」

更新日:2020年4月5日
お題の言葉から連想された歌の歌詞を思いついたままに挙げていくコーナー。
今回は、
「災い」といえば?
当時を騒がせた出来事が当時の音楽の歌詞に乗って、それが歌い継がれて後世に伝わるケースは大昔からある。
そんな歌が、当初とはまったく別の時代、まったく別の場所でまったく別の人々に響いたりすることもある。
そういうものこそ、大きくくくれば「フォークソング」って呼ぶべき音楽なんやと思うんよな。
曲調とかではなく。
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①
洪水に飲まれた者もいれば
洪水から逃がれた者もいた
氾濫した川はプラークマインに流れ込み
エヴァンジェリンの街並みは
6フィートもの水に覆われてしまった
ルイジアナ、ルイジアナ
みんなが流されようとしている
みんなが流されようとしている
クーリッジ大統領は列車に乗ってやってきた
書類を持った太っちょのチビ男をお供にして
大統領が言う、「なぁ、太っちょの。
この川は哀れな貧乏白人のこの土地に
何てことをしてくれたんだろうね?」
ルイジアナ、ルイジアナ
みんな流されてしまいそうだ
みんな流されてしまいそうだ
日本も他人事ではないが、アメリカ南部にはハリケーンや大洪水っていう、シャレにならない自然災害がある。
おれの大好きな音楽のルーツにもあたるこの土地はたびたび大打撃を被った。
この曲で歌われた1927年の大洪水は、おれの知ってるだけでもブルースマンを中心に5、6人のミュージシャンによって題材にされてきた。
ある歌では自由に逃げ先も決められない黒人家庭の苦労にスポットが当たったし、この歌のように時の大統領の漏らした一言を拾い上げたものもある。
同じ災いを歌うにしても、みんなそれぞれの苦難がある。
それを歌にする人間は強い。
②
Oh Yeah まぼろしが 世界をつつむ
Oh Yeah 本当に恐ろしい
Oh Yeah しゃべれない 子供がふえる
Oh Yeah しゃべれない 言葉しか
原因不明 伝染病
原因不明 伝染病
卒業証書の裏側に 病原菌がついていた
予防注射もワクチンも みつかっちゃいない
たまに「予言なんか?」って思っちゃうような歌詞の歌があったりする。
でもきっとそれは、実は予言でも何でもなくて、昔から人間の経験してきた物事には何らかの一貫性がある、っていうだけの話やと思う。
その一貫性を大事にしとる歌は、きっと作者よりも、作者の意図よりも長生きする。
この曲も、あるバンドの未発表曲で、流出してるデモテープ音源を運良く見つけただけなのに、こんなにも歌詞がおれのなかで印象に残ってる。
「しゃべれない 言葉しか」っていう部分、すごいなぁ。
その一節があるだけで不思議な不気味さが出るよなぁ。
③
家内とテネシーに戻ったある日、彼女がおれを呼んだ
「ヴァージル見て、リー将軍が来てるよ」
木を切って暮らすのも、金が無いのもおれは構わねえ
必要な分だけ持ってけよ、残りでまかなえば良いことだ
でもな、奴ら一番大切なもんだけは持ってっちゃいけなかった
奴らが南部を攻め落とした夜
あちこちで鐘が鳴り響いていた
奴らが南部を攻め落とした夜
あちこちでみんなが歌っていた、こんなふうに
ラララ…
また南部の話になってしまったが、今度は戦災にかかわる歌詞やね。
このジャンルはヘンなイデオロギー談義に繋がってくおそれがあるから一見普遍性に欠けやすく見える。
実際のところ反戦歌こそがフォークソング、みたいな小さい捉えかたをしとる奴らも多いしな。
戦「災」として歌詞を見ると、厄介な前提や立場の確認なしに歌と向き合える気がする。
一市民が受けた苦難として、だけ。
そういう風にして聴ける、歌えるような歌こそ、歌い継がれる名曲やと思うんよな。
「学生運動の『時代』を象徴するフォークソング」とかいう表現は、おれにはどうも理解できない。
その時代に翻弄された若者の「苦難」とか「災難」を素直に題材として扱ってるような曲なら、きっとおれにも分かる部分はある。
これが案外、些細なことに見えるけどけっこう致命的な違いなんよな。
この歌詞だってそうなんよ。
南北戦争後の南部の人々の境遇なんか日本人のお前に分かるか、っていうスタンスの音楽鑑賞音痴な奴らもおるやろうが、そうじゃない。
この歌詞はちゃんと普遍的な「苦難」の描き方が要所要所でされとんのよ。
南北戦争の時代じゃなくても、アメリカじゃなくても共鳴ができるような。
どんな場所の誰にとっても響く、「一番大切なもん」をちゃんと残してくれてる歌詞。
秀逸です。
④
あんな完璧な子が実在するのか?
あの子はぼくのクラスのまさに天使
いつだってぼくをソワソワさせたものだった
真っ白な雪みたいな清楚さは
誰にも汚されっこない代物で
思い出の中でいつまでもキレイなはずだった
あれから年は過ぎ、エッチな雑誌を見ていたら
あのぼくのクラスの天使が袋とじの中にいるじゃんか!
…「災い」なんか?とも思ったが、思い浮かんだものはシャーナイ。
この曲の歌詞はほんまに素晴らしい。
キャッチーなリフもあいまって、そらヒットするわ、って感じ。
これもまた、普遍的な題材っていうのがデカイ気がするよ。
いや、これとまんま同じ経験はなかなか無いやろうけど、なんかスッゴイわかるぞ、っていう。
引用は出だしの部分だけやけど、この曲、終わりまでずっとこのテンションで「見たい、けどけしからん、でももっと見たい」みたいなヤキモキで続いてくからね。
それがどうにもこうにも面白く、楽しい。
エッチさは世界を救うよ、やっぱり。
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きょうはひとまずこのくらい。
ちなみに、久々にこのコーナーを取り上げたきっかけは、先日ボブ・ディランが突然未発表にしてた曲を新曲として発表したことから。
この騒ぎでライフワークにしとるライブツアーを中断したディランが、17分近い大作をネットに上げた。
その曲の題材がケネディ大統領の暗殺やったんよな。
この苦難の時期に、ディランが半世紀以上前の災難を取り上げた曲を発表したのが、導入でもちょっと書いたけど、「ある歌が当初とはまったく別の時代、まったく別の場所でまったく別の境遇の人々に響くことがある」っていう現象のことをおれに思い出させた。
人が死ぬ事件や事故も災いよなぁ。
今回わざわざ歌詞を持ち出して紹介することはしなかったけど、ドン・マクリーンの「アメリカン・パイ」っていうこれまた長い曲がある。
聴いたことなかったら一度調べてみてほしい。



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