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LYRICAL BANANA vol.4 「列車」

執筆者の写真: bunkeiedison
bunkeiedison
2019年9月2日
読了時間: 5分

猛スピード・顔

お題の言葉から連想された歌の歌詞を思いついたままに挙げて、その言葉の働きをちょっとだけ考える超不人気コーナー。



今回は、


列車(鉄道、線路、etc.)といえば?



単に電車が出てくる歌詞やとすぐに結構たくさん思いつくんで、今回は特に固有名詞が出てくるような曲に絞ろうかなと思う。


そのうえで、歌詞に出てくる列車ってどんな役割や効果で使われてるんやろ、と考えてみる。

頭使うしオモロイで、こういう遊び。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



①


彼女はケイティーに乗って行っちまった、

俺にはノロいラバを残して。

彼女はケイティーであっという間に行っちまって、

俺はラバと一緒にすっかり置いてけぼり。

俺が惚れ込んじまったのは、

そんなとてつもなく頑固な女なのさ。



今回のテーマを列車にしたのはこの曲のせいなんよな。

この曲のイントロから始まる映画が大好きで大好きで、昨日劇場でリバイバル上映してるのを観に行った。

そういう思い入れもあってテンション上がるんよ、これ。


で、この歌詞のどこに列車が出てきとんねんって話。

じつは「ケイティー」っていうのが、ある鉄道の愛称になってるんよ。


「Katy」→「KT」→「MKT」→「Missouri–Kansas–Texas Railway」→「ミズーリ・カンザス・テキサス鉄道」

…やってさ。

こういう鉄道のニックネームが歌詞に出てくるってカッコいいよなぁ。


で、このミズーリ、カンザスからテキサスまで結ぶ特急列車に乗った彼女に対して、俺の乗り物は「mule」しか残ってないからとても追いつけん、と対比されておる。


muleっていう単語も、文字通りのラバの他にも貨物の牽引車とか作業場用の小型機関車のことを指す場合もあるみたいやね。

まあ何にしろ、特急と比べれば途方もなくノロノロしてるモンってことやな。


単に「彼女が行っちまった!」っていう嘆きはブルースではスーパー常套句なんやけど、この曲の場合はそこに特急列車っていう乗り物の問題を絡めることで、あっという間に行ったとか、もはや追いつけないとかいうイメージが加算されとるわけや。

小粋でええ曲や。ええ映画やし。




②


どうかミッドナイト・スペシャルよ、

この俺を照らしておくれ。

どうかミッドナイト・スペシャルよ、

他の誰でもなく俺だけを愛しい光で照らしておくれ。



これも相当古い歌から。


Midnight Specialていうのは、深夜に走る急行列車のことやと言う。

これを固有名詞化した路線もwikiに載ってるんやけど、この歌詞自体はその鉄道の路線と関わらず書かれたものらしい。

ということは、広く深夜急行に対する昔からの代々の呼び名なんかな、ミッドナイト・スペシャルは。


さて、ここでの列車の使われ方で独特なのは、この場合の列車は「乗るもの」ではなくて、「夜中に光を照らすもの」として歌詞に出てきてることなんよね。


曲全体を通して聴くと分かることなんやけど、この曲での「俺」は刑務所暮らしの囚人やねん。

刑務所暮らしの不遇とか辛さを歌いながら、暗い夜中に時たま現れる列車のまぶしい光に救いを求めてる。


ネットを調べたり歌詞カードを読んだりすると、暗闇ばかりの囚人生活の中で運良くこの夜行列車の光を浴びることができれば幸運が訪れる(=外に出られる)、みたいな言い伝えが囚人の間で噂になってたっていう解説も見かける。


物理的に乗ることでどこかへ移動できる手段というより、幸運をもたらす光を与えてくれる存在として列車を扱うっていう、印象的な歌詞やと思います。




③


前方にトラブルあり —

真っ赤な色したご婦人がいらっしゃる

これはもう死んじゃうかもしんないね、

転轍手が寝てやがったのか —

102号の列車が手違いで同じ線路上、

あんた目がけ今まさに突っ込んできてる


コカインをキメてハイな運転しちゃって、

「スピード」には気をつけな、ケイシー・ジョーンズ

前も後ろもトラブルだらけ、

俺の予感があんたにも分かるだろう



この歌詞も知ってから長い間は単にヤベエお薬ソングかなって思ってたんやけど、ここにも実は列車にまつわるエピソードが絡んでると最近知った。


この曲の列車の運転手のケイシー・ジョーンズって名前、元ネタ?になった実のエピソードがあるんやね。


1900年に起きた列車の衝突事故で、命を張って被害を自分の死だけに食い止めた運転手の名前がまさにケイシー・ジョーンズやったと言う。

アメリカでは立派な機関士として讃えられとるそう。


この曲の内容自体は実際のケイシー・ジョーンズとは関係なさそうやけど、やっぱり歌詞のなかにそういう文化背景みたいなのを入れてるものがおれは好きなのかもしれん。


アメリカは思えばそういうの多いかもしれんな。

ジョン・ヘンリーとか、スタッガー・リーとビリー・リオンズとか。


人名をさらりと取り入れてるってだけで、何というか、文化の根っこを感じれる気がする。




④


僕は今 阿佐ヶ谷の駅に立ち

電車を待っているところ

何もなかった事にしましょうと

今日も日が暮れました


あヽ中央線よ 空を飛んで

あの娘の胸に突き刺され



今回はこれだけが邦楽やな。


うしろの2行。

これは列車の名前のルーツとかそういう次元の話ではなくて、もう何というか、歌詞の規模感にド肝を抜かされた名文やわ。


乗りものとしての電車、とか光を照らすものとしての電車、とかそういう単位じゃない。

中央線を胸に突き刺そうとしてくるなんて!


この2行だけで、おれは日本語で歌詞を書くことの可能性がビッグバンみたいに見えるようになった。


素晴らしいなあ。

あんま書くこともないわ。









今回はここまで。


皆さんのなかで列車の歌詞やったらこんな使い方もあるやろ!って思われた方がいたら教えてください。


あ、「あずさ2号」みたいなストレートなのはこの期に及んではもう大丈夫やで。


まあ、あれも実際の当時の時刻表とかと照らし合わすとオモロイみたいやけどね。




リリカルバナナ、列車といったら?






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