LYRICAL BANANA vol.2 「雨」


お題の言葉から連想された歌の歌詞を思いついたままに挙げて、その言葉の働きをちょっとだけ考えるコーナー。
今回は、
雨といえば?
月並みでダサい気もするけど、季節柄のものもやっといたほうがええやろ。
そのほうがとっつきやすくて読者増えるかもしれんし。
増えるかチクショウめが。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
①
運命なんて自分で決めてやらあ
運命なんて自分で決めてやらあ
悪い日もあれば 良い日もあるだろう
晴れたり くもったり 雨が降ったり
前提として、当たり前やけど雨は天気の一種やね。
「雨のつく歌詞なぁ…」とざっと思い返してみると、上の歌詞みたいに別の天気と並列させて出てくることが多いかも。
こういう、天気を複数並べるのは大抵「どんなときでも」「いかなる場合も」っていう表現の一環として使われてる気がする。
人間が、生きてる限り毎日つきあうお天道さんの様子をその文章表現の引き出しにするのは自然なことや。
元来そういう使われ方って歌詞以前にもあるやん。
雨ニモマケズ風ニモマケズ、とかもそう。漢詩にもありそうやな。
人間の言葉の表現として普遍的な手法なんじゃないかな。
あぁ、でも砂漠の気候の文学とかは違いそうやな。
それに該当する別の天気表現がありそうや。誰か外国語に明るい奴教えてくれ。
それでいくと、今後将来人間様が天気を自在に操るようにならせられたら、こういう天気の使い方は意味通じなくなるんやろうか。
天気ごときに強がるとか宮沢賢治ハードル低っ!てナメられちゃうかも。ピンチ!
②
もうずっと長い間
善人たちは太陽の在り処を見つけようとしてきたのに
一体、一体この雨は誰が止めてくれるのだろう
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雨に唄えば 何て晴れやかな気分
頭上の雲は暗くったって それすらも笑ってやるさ
太陽が僕の心にあればいい
いろいろと種類のあるお天気の中でもまァ雨はマイナスイメージで連想されるな。
これらの歌詞の場合も、ポジティブなオーラのある太陽と並べられることで雨が憂鬱の象徴、みたいな役割がハッキリする。
下のほうの歌詞なんて、本来「外が雨=なかなか出歩けないし心が塞ぎがち」っていう前提の印象が共有されてないと全く名シーンにならないからなぁ。
「止まない雨はない」とは言うけど、「曇らない空はない」は励ましの言葉には向いてないでしょう。警句みたいで。
上のほうの歌詞の曲は、時代背景のこともあるんで本当は全部の歌詞を通して読んだほうがわかりやすいんやけど、「天から無数の水滴が降ってくる」っていう雨の現象自体も「空からの爆撃」の暗喩として使われてるんじゃないか、とよく(ライナーノーツとかで)言われてる。
単純に「日が見えない=暗い」っていうだけじゃなくて、気象現象自体も利用してこの雨のマイナスイメージを最大限引き出しとるわけやね。
③
雨が降れば みんな走って頭を隠しだす
まるで死んでしまうくらいの勢いで…
晴れたら晴れたで みんな日陰に隠れるんだ
レモネードでもすすって涼んでさ…
かといって、雨と同時に歌詞に出てくる太陽がいつも良いもん扱いされとるわけじゃないんやぞ、ていう例外がこれ。
さっすが世界一のバンド、こういう部分でもちゃんと面白い。この曲は作曲面や楽器の使い方で斬新って言われることが多いけど、歌詞も好き。
どっちにしろみんなお天道さん避けとるやないか、っていうツッコミ。
でも俺は雨でも晴れでもな〜〜〜んも構わんで、と歌詞が続く。
この歌詞より以前の時代のものにも「ベイビーと一晩中ヨロシクやりたいから太陽なんか二度と出んでも構わん」的な、晴れや雨の一方を引き出しにした歌詞は思い浮かぶんやけど、これみたいにどっちも均等に取り上げたうえで「どっちもみんな嫌なんじゃん」みたいな指摘をしてるのはなかなかないんちゃうかな。
この記事書き出したときも、まず最初は②みたいな感じの歌詞から思い出された。
④
雨は40日間、昼も夜も止まずに降り続いた
雨が止んだときにはノアも喜んだもんだ
窓や戸を叩いて「もっと乗せてもらえないか」と叫ぶ声がするたび、
ノアは「それはできない、罪深い君らが入れないように鍵をかけたのは神様なんだ」
って叫び返さなきゃならなかったんだから
雨のマイナスイメージ系の歌詞って、おれの場合なぜか洋楽のものばっか思い浮かんでん。
対して日本のものって考えたら真っ先に出たのが「ピッチピッチチャップチャップランランラン♪」やったから、それが尾を引いてるのかもしれないけど…
でも自分なりに、その理由の説明になる、洋楽にあって邦楽にないバックグラウンドは一応考えついたんや。
それが、海外文学やらドラマやら好きな人ならもっとあるあるかもしれないな、聖書や宗教由来の影響要素。
おれの好きな音楽の中では上の歌詞のようなゴスペルがストレートにこの背景を背負っとるけど、他のジャンルの洋楽だってどこかで必ずこのバックボーンに繋がってんねんから、その歌詞に影響が透けて見えることはあろうぞ。
まあ日本の歌詞でも雨はたいてい鬱陶しがられてるから、そこまで顕著な差ではないかもしれんけどさ、けっこう大事なとこ突いてると思うで。
⑤
都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない
逆に邦楽にあって洋楽では目立たない雨の要素って何やろ?って考えた。
なかなか難航したけど、上の歌詞について。
傘のない状況での雨が、災難で厄介なイメージで使われてるのは確かなんやけど、その状況との比較対象に新聞で見た社会問題が置かれてる。
その上で、主人公は、そんなことより今傘がないんだっつーの、て憂えてる。
社会っていう規模で自殺が増えてる問題より、今日の雨っていうごく一時的な個人的な事情のことしか心配できない状況。
おれの拙い文章力ではわかりにくいやろうけど、さっきの④みたいな聖書のなかでの雨っていうのは広範囲に、長く続く災難のイメージだったのが、今回の場合は雨が個人の一瞬の面倒事、として扱われてるんよ。なんというか、逆でしょ?
そのうえで主人公が雨の方を気にしてる。
ここは本来なら、一時の雨より社会全体の時事問題に関心持てよ、ってなるところやん。
この雨の扱い方ってもしかしたら④みたいな世界観がルーツにある場合の歌詞ではなかなかみれないんじゃないかなって思うんよ。
⑥
雨戸を閉めて カーテンを引き
目ざまし時計の電池を抜く
秒針のないおれの部屋では
おれが黙る音すらきこえる
雨に関連して出てくるワードも日本の歌詞特有のことあるよね。
雨戸とか、あんまアメリカの家にあるイメージないもんな。
それが、日本には雨戸っていう存在があるおかげで、この歌詞では主人公が外界をシャットアウトしていく段階が効果的に出る。
「外 / 雨戸 / カーテン / 目覚まし時計 / おれ」、ていう流れ。
雨戸の部分を窓にしてもええんちゃう?って思いがちやけど、ただの窓やとある程度頻繁に開け閉めするイメージが出てきちゃうから、シャットアウト感が薄れちゃうのよな。
今回はここまで。
皆さんのなかで雨の歌詞やったらこんな使い方もあるやろ!って思われた方がいたら教えてください。後学のために。
リリカルバナナ、雨といったら?



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