元も子もない話


今が辛い方へ。辛さはいつ迄も続かないと信じるのが大切です。自分で言うなら15歳迄が極貧、病弱、弱視など辛さの極みだった。16歳になる前に家を出て一人暮らしを始めた。それから後は15歳迄より辛い事は少ない。今では辛かった事も良い思い出だ。誰でも必ずそうなれるから辛さと向き合うのが重要だ。
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「今」がツラいと思っとる奴に、「そのうち」ツラさも終わるとか、「そのうち」いいことあるとか、先の話に目を向けさせようとするのは難しいんとちゃうか。
今がツラい奴の目線は、たいてい真下、今自分の立ってる足元に落ち込んでる。
コウベを垂れて自分のアンヨを怖がってるような人間に顎クイかまして遠くを見てごらん、なんてキザな芸当ができるのはよっぽどのナイスガイか、せいぜいキリストくらいのもんやろ。
しゃれた自分語りまで添えちゃってニクイじゃないの。
死にたがってる奴についてもそう。
生きてたらどうにかなる、は果たして死にたい奴の耳に届くのか。
念仏にしかならんのちゃうか。縁起でもない意味にも。
生きてればそのうち良いことある、ていうものの見方は、今を生きること自体に耐えうる状態の人間の視点からしかできない気がする。
どうにもならん「今」に直面して、そのうち状況が変わるのを信じながら生き続けられるような奴は、たぶん死にたいとは思わない。
ツラい境遇をもう少し生きたら得られる「かもしれない」幸せと、今ここで「キッパリ確実に」終わらせる楽さを天秤にかけたうえで後者を選ぶのが、今すぐ死にたがっとる奴の価値観じゃないんかと思う。
そういう奴らに「生きてたらええことあるぞ!」て言うてもなぁ。
「分かっとるわ!」で終わりそう。
それも折りこみ済みで死にたがってんちゃうの、ふつう。
そこでハッと気づいて「それもそうや!」で踏みとどまれる奴もそれはそれで好きやけどな。
おめでたくて。
だからとて、じゃあどう声かけたらええんやと言われたらおれにもハッキリした答えはないなぁ。
自信ないわ。
呆れるくらい元も子もないな。
...元も子もない部分を元も子もないまま笑えたりできたら、いちばん強い気がするな。
こんなんなっちゃった、て。
生きてくのがマシか死ぬほうがラクかっていう2択をカンタンに整理つけるんじゃなくて、訳わからんくなったまま過ごせたら。
少なくともおれはそういう風におるし、そういう風な奴を見たり、会ったり話したりしたい。
勝のマネージャーによると勝はポケットにティッシュのように丸めていた1万円札をチップとして携行していたといい、ある日マネージャーは1万円札20枚を渡され、自分の代わりにチップを渡すように勝に頼まれた。マネージャーはチップを5000円に崩して渡したが、勝は「俺がなぜチップを渡しているかわかるか。俺たちはいろんなところで、一生懸命に生きてる人間たちを見させてもらってる。つまり、『生の演技』を見させてもらっているんだ。そんな貴重な演技の授業料をケチるやつがどこにいるんだ!」とカミナリを落とした。
ちょっと前にオセロのたとえ話をしたことがあった。
あの盤のマスは白と黒の2項対立じゃなくて、「何も置かれていないマス」っていう存在も忘れたらアカン、みたいな。
それと一緒。
今生きるべきか、死ぬべきか、それだけを問題にするから窮屈になる。
「どっちがええんやろなぁ」とでも思いながら、その2択とは無関係のあさっての方向でも見とったらええねん。
生きるか死ぬか迷っとる人間も、それに対して何も答えを出さなければ、何も手を出さなければ、とりあえずは今の生きてる状態からは離れないから、そいつは生きてく。
それでいて視線は怖い足元から別の、あさってでもしあさってでも、とにかく別の方向に向く。
解決はせん。でもまぁ生きのばすことにはなる。
何もしない、何も考えないっていう「あそび」の部分に自分の生死なんて放り込んどけばいい。
そう聞いたときに「オイオイそんな無策な」って思える奴は、いたって正常やから、勝手に大義持ってナイスガイに生きとけや。
ほんまはそういう人を尊敬してたりする。
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