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安全がこわくてたまらない話

執筆者の写真: bunkeiedison
bunkeiedison
2019年11月17日
読了時間: 5分

更新日:2019年11月25日


トゥクトゥク・オン・ザ・ロード


①


安全な車を開発するようにメーカーの方に心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような、外出できるような世の中になってほしいと願っています。



②


あたりまえすぎるから 気づかずに忘れてる

そのへんに三兆円 落ちてるか 落ちてない


べんりときけんは 笑ってる

並んでゲラゲラ 笑ってる


B&K B&K B&K B&K




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




何に関しても、おれは古いもんほど好きや。



うまくまとめてその理由を説明するのは難しい。

それが自分で分かってれば、もっと効率よく趣味の幅を広げられそうなもんやけど。

どういうわけか、どんなジャンルについてもおれの琴線にふれるのはたいてい、ひと昔前の時代のやつや。



例えば愛車についても、30年前の中古車をわざわざ遠出して買った。

クルマのほうがおれ自身より歳いってる。


MT車やし、ちょこっと神経も使う。

窓もぐるぐる開閉のやつや。

もちろんキーレスでもない。

そういえば、エアーバッグもついてないな。



一番は見た目のかわいさに惚れて買ったクルマなんやけど、そういう不便さを愛してるっていう部分もあるのかもしれん。

機能として無い部分をおれ自身の注意力やら工夫やらで補って乗れるようなところ。

何でもしてくれる、どこまでも連れてってくれるっていう感覚だけじゃなく、「頼んないとこもあるけど、そこはおれが何とかしとる」っていう意識も持てるところが良いのかも。



女の子ならただただ何でもしてくれるタイプでもええねんけどな。

こっちのズボラなとこを叱ってくれるような。



話を車に戻すと、現代の流行りのクルマっていうのは、ますます何でもしてくれる方向へ進化しつづけとるんよなぁ。


それに対してドライバー側は、例えば街のおじいさんが冒頭の①みたいなコメントをしてることでも分かるように、クルマ自体が安心安全であるべしっていう考えを平気で持つほどに退化していっとる。


耄碌した老人が暴走運転しなくて済むように、クルマ自体が事故を起こさないような安全なものになっていけばいい、か。

確かに理屈は通ってるん、かなあ?



もう1個、同じくらい理屈の通った改善策ってあるやろ。

さっきとは真逆を突いたパターン。

つまり、耄碌した老人がムチャに動かせないように、クルマの操作方法自体を複雑なものにすればいい、て感じ。



要するに「ジジイが運転しても絶対事故らないから安全なクルマ」か、「ジジイにはそもそも絶対運転できないから安全なクルマ」か。

なんか「ほこ×たて」みたいやね。


便利にして安全なクルマを作るのか、複雑にして安全なクルマを作るのか。



どっちの改善策の方向性でも、しっかり開発を進めればどっちにしろ「安全なクルマ」とやらは完成するんやから、世界中のメーカーがこぞって前者の方向で「自動安全運転」とかいうシステムを開発してるのも、まぁ無理もない話か、とは思う。

今さらクルマの操作を複雑なもんにしても、いっそうクルマ離れが進むだけやもんな。




ただおれは、便利で安全なクルマづくりに両手を挙げて賛成はできん。



2つ理由がある。



第一に、物事は何でも、便利にすると必ず人間側の知恵というか、何らかのレベルが下がる。


めちゃくちゃ単純な例で話すと、おれとおれの先祖が2人並んで、同じ火起こしの道具を用意されてヨーイドンで火起こし競争をしたとしても、おれは先祖みたいに石や木の棒やらで火を起こすことはできない。

一方でおれの先祖にライター渡して少しでもレクチャーすれば、たぶん彼は容易くライターを使いこなすと思う。

少なくとも、おれが木の棒での火起こしをイチから習うよりかは早く。


それと同じで、一度自動安全運転に慣れたドライバーは、マニュアル運転の時に必要な注意力とか神経の使い方をきっと忘れていく。


「自動運転に不具合が出たらその時はマニュアル運転で対応すればええやん」ていう考えは、まだマニュアル運転が主流な現代の感覚やから言えることや。


「ライター切れたらその辺の板と棒切れで火ぃ起こせばええやん」ていう論調と本質は変わらんと思うんやけどな。



第二に、自動安全運転なんてシステムが開発されとるってことは、それと同じくらい「自動危険運転」のシステムも期せずしてできあがってきとるってことじゃないんか。


例えば、クルマの前方に現れた歩行者をセンサーで感知して、非常時にそれを避けたハンドリングを自動で行うプログラミングが開発されてるとする。

(実際そういう仕組みが開発されとるんかは知らん。)


それが実現できるんであれば、その逆の、前方に感知した人影に向かってハンドルを切って突っ込むことも原理的には同様にできるはずじゃないんか。


前方に渋滞があれば止まらずにブチ当てる。

スピードを出しすぎてたらさらに加速する。

対向車がいるたびに思いっきりハイビームをぶちかます。


もちろん意図的にそんなシステムをメーカーが発明しとるとは言わんけども、何かの不具合で自動運転のプログラムがバグったとき、安全運転が作動しないどころか、こういう真逆の行動をする指令が出ちゃうことって、無いんか。


モノを避ける運転ができるなら、モノにぶつかる運転もできるハズやろ、ていう考え。


そうであれば、自動安全運転の開発が進むたび、同じ歩調で兵器じみた運転システムの開発も進んでるんじゃないか、と思って、こわくなる。




特に2点目に関してはズブの素人のあほな考えやから、「そんなわけあるか、失敬な!」て思われたその筋の方がおられたら、ぜひおれに連絡をください。

それによって安心して寝られるから。



とにかく、安全な、便利なモノを開発するときには、同じくらい危険なモノがこの世に生まれかねないってことを性格上考えてしまう、ていうお話をしたかった。

ノーベルのダイナマイトの話にも通ずる気がする。



そんなアブいもんを生み出すくらいやったら、いっそ全部のクルマをMT車なり何なりに戻して、単なるアクセルとブレーキの踏み違い程度じゃ急にクルマが動いたりせんような構造にすりゃあええのに。




というか、何より昔のクルマはデザインが良かった。

けっきょくそこや。


可愛いくて多少手がかかるのが良い。

クルマはな。






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