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死人に耳なし、という話

執筆者の写真: bunkeiedison
bunkeiedison
2020年4月26日
読了時間: 4分



よく聞けよ。

おれは南部で初めてラジオに出た黒人エンターテイナーだ。

黒人初のプロだ。

組合員証も貰ってた。

おれが初めてだったんだ。


それで、ここからが大切なんだが…

おれが言いたいのは、おれのことを知っている奴らは、どうかおれがこうして生きてる間におれのことを正当に扱ってほしいんだ。

おれはおれの名声を、自分が死ぬまで待ってなんかいられねぇ。

今、ここでほしいんだ。


あんたらが今そうしてくれないんだったら、おれは名声なんかほしかねぇ。

知り合いはみんなそんな目に遭ってきた。

サニー・ボーイも…

そう、ジョニー・シャインズだってこの前死んじまった途端、新聞が寄ってたかってクソみてぇなおべんちゃらを並べ立てたんだ。


てめぇがされたくねぇことをおれにしてくれるんじゃねぇ。

それだけだ。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




きょうはジョニー・シャインズの誕生日。

1930年代にギターを始めたころ、伝説的なブルースマンのロバート・ジョンソンと出会い、一緒に各地を旅して回った人物。


この出来事のあと、ロバート・ジョンソンはあっけなく早死にし、ジョニー・シャインズは40年代になってソロデビューしたものの鳴かず飛ばず、自分個人には目も向けてくれない音楽業界に失望した彼はギターを全部売っ払って土方仕事に明け暮れてった。

60年代になって録音の機会が増えていき、70年代に入るとブルースが盛んになった日本にやって来て公演、日の目を見た。


その時代になっても彼のキャリアにまとわりついていたのは、あのロバートジョンソンとのたった2年間のさすらいの旅。

若い頃、仲間と酒場を渡り歩き流し同然に歌ったその経験が、なぜか彼を「数少ない戦前デルタブルースの生きた化石」「ロバート・ジョンソンの後継者」にさせた。


50年代の録音ではバンド形式で、バチクソにイカすシカゴスタイルのシャッフルナンバーも残してたものの、

(それはそれは強烈なノリやった。身震いするくらいの。)

キャリアの後半での彼のライブは、ロバート・ジョンソンを彷彿とさせるデルタブルースが目立った。


日本に呼ばれたジョニー・シャインズのとったスタンスも、結局のところデルタスタイルだった。

シカゴブルース代表としては、彼が影響を与えてきた後輩たちが同じイベントにあり余るほど出ていた。

(ジュニア・ウェルズとバディ・ガイのコンビとか。信じられんな。)


耳の肥えた(と一応言っておく)当時の日本のブルースファンがデルタブルースを歌う彼に抱いた感想は、今でもネットで調べると出てくる。


「シャインズの今回のステージが素晴らしかったという人はブルースが分かっとらん、ということにならざるをえないのだ」

「ジョニー・シャインズは、我々非黒人の聴衆を前に、完全に計算されたアンクル・トムの役割を演じるために、わざわざ海を渡ってきた」

「シャインズはブルースらしい歌を歌う人に成り下がっていた」

「アコースティック・ギターを抱え、自らを"キング・オブ・ザ・デルタ・ブルース"と称し、ロバート・ジョンソンらの曲を歌う彼のステージからブルース・フィーリングが全く感じられなかった」


もしかしたら日本の地では、彼自身が一番しっくりくるスタイルを活かしたブルースを演奏していたほうが、受け入れられていたのかもしれない。

彼が取り憑かれているあの時代からの積み重ねによる色眼鏡のまだまだ薄い、ブルース熱に包まれたてホヤホヤの国では、むしろそれが大歓迎だったのかもしれない。


本国でも日本でも、彼を紹介するときの代名詞はどうしたって「ロバート・ジョンソンの共演者」だった。

彼自身もそう名乗ることに躊躇はなかったのかもしれない。

そうしなければ音楽業界にはもてはやされず、土方仕事に逆戻りになるのを知っていたから。


そんな状態は彼が死んだ1992年までずっと続いた。

そして彼が死んだときの記事でさえも、彼を紹介する第一文には必ずあの2年間があった。


彼が「キング・オブ・ザ・デルタ・ブルース」を名乗っていなかった頃にどんな思いをしたか、どんな暮らしだったかは、彼の生前に世間に広く知られることはなかった。



今では、例えば彼が死んだ年に生まれたおれのような若造の場合、あるブルースマンを知ろうと思えば、その人のキャリアを俯瞰で見たうえで録音を聴ける。

彼が人生でどんな挫折を味わったのかも知ったうえで。

冒頭のような、彼に近かったブルースマンのコメントも知れる。


リアルタイムで聴けなかった、ていう方向の悔しさはいつでも抱えてるけど、時代の変な偏見のジャマが入らない聴きかたができる点では恵まれてるのかもしれない。


ジョニー・シャインズはビッグ・ウォルターのハーモニカを連れだったシャッフルナンバーが強烈に良い。

胸張って彼に言ってやれる。

でも、どうやったら彼に届けれるんや?


ブルースマンに限らず、人の生死は、今日だって変わらずある。

好きと思える人を生きてるうちに見つけて、そいつが生きてる間にその人生まるごとほめちぎってやったほうがいい。


おれ自身もそうやなぁ。

生きてるうちにほめちぎってもらえたらええなぁ。

悪口は死んでから聞こう。

聞こえんけど。




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