会報のトラ vol.5


「JASRACから音楽を守る党」が誕生? ツイッターで準備会が始動...発起人に話を聞いた
工藤さんは口酸っぱく「JASRACの解体を目的にしている訳ではない」という。
「現在、コンサートにおける著作権料の支払いは座席数で決められています。これは音楽家の支出を増やし活動を阻害している一因でもあります。満席にならないコンサートがかなりの割合ありますが、支払いは満席である事が前提で請求されます。本来はチケットの売れた枚数、入場者数でカウントすべきものだと考えております。著作権等管理事業法の改正で是正したいと考えております」
https://www.j-cast.com/2019/07/26363676.html?p=all
沢田研二、ドタキャン理由…9000人のはずが7000人「僕にも意地がある」
中止の理由について、事前に所属事務所とイベンター(チケットを販売し、ライブを制作する会社)から観客数が9000人と聞いていたが実際は7000人で、自身が求める満員にほど遠く、意地として中止を決断したと説明。
中止を決断した自身について「僕は特殊な方だと思う」と沢田。これまでも東北、中国地方などでは集客が少ない中でライブを行ったこともあり、事務所やイベンターに「ライブをやるなら満員にしてくれ、無理なら断ってくれといつも言ってる」
https://hochi.news/articles/20181018-OHT1T50270.html
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①
美は理解する者の最も身近にある。
ぼくはジュリーが好きです。
いい歌を歌うしカッコいいから。
プロ根性って憧れるわ。すげぇなぁ、おれはプロにはなれんなぁ、って思わしてくれる。
芸能人ってこうあって欲しいわ。
そういうプロが自分の芸で飯食ってくのは美しい。
自分が扱う商売道具を守る権利もあってもいいと思う。
それにひきかえ、満席にならんコンサートしかできんうえに開き直って値下げを主張するとは。
そんなプロの風上にも置けんような奴に対しても平等に扱ってくれるJASRACに感謝こそすれ、制度の是正を提案するなど全くの常識外れ。愚か者の所業とのそしりは免れません。恥を知りなさい。
劇場を満席にできる、少なくともそれを絶対条件くらいの目標に立てて舞台に立つプロと、空席があったらあったでそれに見合う賃料だけ払わせろや、なんてぬかす甘ちゃんが同じ立場に見られるようになったらいよいよ音楽業界も終わりや。
…別に終わってもかまわんけどな。完全に焼け野原になって。
そうなったらやっと久しぶりに、自分の暮らしのなかで音楽を楽しむ奴らの時代や。
音楽をやる=金がもらえる、の等号が凝り固まり過ぎてたことに気づくやろ。
日々の労働や生活の間に、ふつふつっと沸いた気持ちを歌にしたり踊ったり太鼓を叩いたり。
それは金なんぞ伴わなくたってできる単位のことや。
音楽の畑が真贋入り乱れて焼け野原になったあとにはコンゴスクエア(※)がきっと再来する。
そんな単位の音楽からジャズが発展したように、また本物だけが金をもらえるシステムができていくやろう。
②
「本来無一物」と書かれた掛け軸は、大師匠の桂米朝師匠の形見分けでいただいた。
…
この掛け軸は薬師寺の管主だった高田好胤さんからもらったそうだ。書いたのは好胤さんの師匠の橋本凝胤さんという人で、「人間は裸で生まれて裸で死んでいくわけだから『本来無一物』を信条に生きなさい」という教えだという。
米朝師匠が掛け軸を気に入って譲って欲しいと頼むと、「なんぼ米朝さんでも師匠が私のために書いてくれた宝物をあげることはできません」と断られた。
普通はここで引き下がるところ、米朝師匠は「そうでっか。本来無一物というのを信条に生きているのに、それを手放すことはできんということですなあ」とチクリ。
好胤さんは「米朝さんには参った。確かにそうですな」とくれはったという。
いい逸話や。センターの漢文とかにも出せそうなくらい。
無粋ながら音楽の話にも当てはめれると思うんよな。
音楽が何でも元から価値があるもんとか、権利が守られるべきもんと捉えすぎやろ、と最近思う。
音楽教室で使われる音楽にも金かけるなんて、取り上げたばっかのヌレヌレの赤ん坊に直接的に扶養控除無しの住民税をせびるようなもんやろ。全くの常識外れ。愚か者の所業とのそしりは免れません。もう1度申し上げます。恥を知りなさい。
そんな取り立てヤクザな商売しとったら、音楽的中絶が横行しそうなもんやけどな。もう音楽なんて産むもんじゃねえ、みたいな。
何とか産んで育てようにも、次は音楽的虐待か。音楽的ネグレクトか。世知辛いねぇ。
みんなが金払ってでも楽しめるような、そんな音楽にまで育ったものにお金かけるならまだ分かる。
そこに至るまでの過程で要らんことはすなよ。
同様に、「裸で死んでいく」ってのもそうやぞ。
そいつが死んだんやったらもう好きなだけそいつの音楽使わせぇよ。死後硬直まで長すぎんねん。
先の世代に遺産を出し渋られたら次が育たんことにも繋がるやろうし。
「ホンライムイチモツ」と読むらしい。覚えておくように。
③
現代のテレビはこの薄さだ — 人類による奇跡の発明である。
だがその中身は? — 低俗な番組ばかりだ。
苦しい時代には娯楽が要るが、今 それほど悪いのか?
ここまで低能な番組を垂れ流すとは!
この国は何だ?
子供の貧困、老人の貧困、失業、そして過去最低の出生率 — 無理もない。
誰がこの国で子供を産む?
我々は奈落へまっしぐらだが、その奈落を我々が知ることはない。
テレビは奈落を映さず、料理番組しか流さない。
諸君、私はテレビと戦う — 我々が奈落を知り、克服するようになるまで。
— 20時45分より反撃放送を行う。
誰がこの国で音楽を産む?ってことに近い将来なってしまわんかなぁ。
著作権が守られなければ音楽は聴けない、使えない、弾けないって価値観があまりにも当然になり過ぎたとしたら。
街中でもネットでも、気軽に流れる音楽は著作権料のかからないもんとか、著作権に引っかからないように上手くいじられた「低能」なもんばかりになるんかな。今もそうなりつつあるやろうけど。
自分の意識してないところで耳にする音とか音楽とかって意外と大切なもんなんやけどな。
たまたまどっかで聞いたことがきっかけで何かに出会うって体験は非常にプレシャス。
例えばニューオーリンズの街って、そういう体験の連鎖でできてると思うわ。
何となしに道にいるストリートミュージシャンって要るで、そういう意味でやっぱり。
基本タダで音楽垂れ流してくれるやん。そんで気に入ったらお金あげてもいい。
通り過ぎてもいい。話しかけてもいい。撮ってもいい(と思うけど)。
そういうストリートミュージシャンすら著作権に引っかからんように怖がって演奏しとったらもうお手上げやけどな。
ストリートミュージシャンを録画したスパイがJASRACにチクるとか。あいつらやりかねんわ。
④
芸術を急かすな。
最後くらい引用元教えたろか。
トイ・ストーリー2に出てきたおもちゃ修理職人のおじいちゃんのセリフ。
修理道具の箱とかおじいちゃんの所作とか、すっごいこだわりと年季入ってて好きなんよ。
やっぱりおれ、ああいうプロ意識が好きなんやろうか。
長生きできたら、ギターのチューニングでもじっくりしながらこのセリフ吐きたいわ。
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※
コンゴ・スクウェア (Congo Square)とは、米国ルイジアナ州ニューオーリンズ市内のトレメ地域に存在する広場の名称である。この広場でかつて展開された音楽の演奏がジャズの誕生につながったと言われている。現在は、ルイ・アームストロング・パークの一部となっている。
当初は「黒人の広場 (Place de Negroes)」と呼ばれ、1803年にルイジアナ州が米国領になる以前から、黒人たちがここに集まり、青空市場を開き打楽器を鳴らしてダンスに興じていた。1817年には、ニューオーリンズ市でアフリカ系奴隷が日曜日に集まりダンスに興じることを許可する法律が制定され、その会場は市長が定めるとされた。会場として選ばれたのがコンゴ・スクウェアだった。
ここで展開されたアフリカン・ビートとダンスは話題を呼び、米国各地から観光客が訪れるようになった。しかしながら、このような音楽とダンスの習慣も徐々に下火になっていき、奴隷制の廃止(1865年)を待たず、南北戦争が始まった頃(1861年)までには行われなくなっていた。
しかし、しばらく経つとまたコンゴ・スクウェアに音楽が聴かれるようになった。有色クレオール人たちがここでブラスバンドのコンサートを開催するようになったのである。彼らのこの演奏がジャズの原点とされ、このためコンゴ・スクウェアはジャズの発祥地と言われている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/コンゴ・スクウェア



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