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会報のトラ vol.16 【特別編】

執筆者の写真: bunkeiedison
bunkeiedison
2020年6月14日
読了時間: 9分

ブルースが雹のように降ってくる



ちょうど1年間、ペースは変えつつも定期更新してきた日記ですが、
今回分をもって、決まった更新日に書くやり方は終了とします。
今後は気が向いたり、お知らせがあったりしたときに不定期で書きます。
お題をくれたらそれについても書くよ。


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伝説的ブルースマン ロバート・ジョンソン 3枚目の写真が公開
伝説的ブルースマン、ロバート・ジョンソン(Robert Johnson)の写真はこれまで2枚のみが確認されているだけでしたが、謎多き彼の存在を証明する3枚目の写真が公開されています。 これまでに公開されたジョンソンの写真は、『Complete Recordings』のアルバム・カヴァーにも使われているメンフィスの写真スタジオで撮影されたものと、ポーズをとり唇からタバコをぶら下げた写真の2枚のみでした。 新たに発掘された写真は、現在94歳の義理の妹アンニー・アンダーソン(Annye Anderson)が持っていたもので、1930年代にミシン油のボトルを入れていた小さな箱に保管していました。アンダーソンは何度か引っ越しをしましたが、ずっとこの写真を持っていたそうです。 アンダーソンは、1938年に義理の兄ロバート・ジョンソンが27歳で亡くなった時、まだ12歳でした。 新たに発掘された写真は、ジョンソンが1930年代にメンフィスのポートレートブースで撮影されたものと言われています。 この写真は、アンダーソンの新たな回想録『Brother Robert: Growing Up With Robert Johnson』の表紙に登場します。海外で6月9日発売予定。 アンダーソンは回想録で「これは、私が覚えているロバートの姿を示しています。気さくで、親切で、寛大です。伝説の男には見えません」とこの写真について話しています。

★

【激震】ロバートジョンソンの新しい写真が彼の義理の妹(94)から提供されたそう。

彼は優しい心を持った穏やかな青年で悪魔に魂を売っただとかは当時のコロムビアレコードのプロモーションだったそうな

★

この写真をみる限り、ロバート・ジョンスンがフツーの青年でよかった。

いつも十字路で悪魔に魂を売ったオトコを演じさせられていったけど、すっぴんを見せる時がきた。

なんだか、そんなうれしさがある。

★

政治や経済問題など吹っ飛ばして、僕の中で話題なのは、ロバート・ジョンソンの新たな写真が公開された事。

存命の義兄弟の回想録もあることから、信憑性高いのでは?

こんなスマイルで見られたら惚れるわ


★

ロバート・ジョンソンの新しい写真とされる写真が出回っているけど本物?

以前も偽物が出回ったし、今更新たに出てくること自体嘘くさいんじゃないか。

まあ、どうでもいいけど。

★

所々にデジタル処理された雑な痕跡がある。

プロのイラストレーターの仕事ではないと思う。

仕事が雑だ。

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ロバートジョンソン、ブライアンジョーンズ、ジミヘン、ジャニス、ジムモリソン。

ロックスターの鬼門、27歳の1年が、おれの人生から無事過ぎ去ろうとしている。


良かった、生き延びた。

おれってば大スターやから、てっきり御多分に洩れずこの1年のうちにゴネさらすんかと思ってたわ。

いやでも、危なかったなぁ。

ほんま、最後らへんのここ数か月とか、世界もろともの勢いで危険やったやんけ。

ジンクスや迷信は半ばバカにしながら楽しむタチやけど、今回はちょっと「おや、マジでか」ってなったわ。

…いや、なってへんかったわ。

へらへらしてた。

実際、いろいろと死にかけたタイミングはあったんやけどな。

この1年間のうち、前半の半年は職すら無かったし。

初めのころは人に会うのもおっくうな状態やった。

それが、今では会いたくても気軽に会えない環境に周りがなってる。

何やこれ、世界が半年遅れでおれの体調追っかけてんのか?

このサイトはそんな、おれがまだまだ不調やった去年の誕生日に運用しはじめた。

27歳のうちにもし何かあっても大丈夫なように、音源も落書きも旅行の思い出も1か所にまとめとこう、ということで。

日記は世間のできごとから離れすぎないよう、できるだけ定期的に書いていこうと決めていた。

大半はウソも混ぜて書いてきたけど、それはそれで自分らしい頭のリハビリになった。

こうして1年つづけた結果、だいぶ自分の思想を固め直せた気がする。

自分の感覚では、コメディで使うハリセンくらいの固さのイメージやな。

自分の信条というものは、それぐらいの硬度がいちばん丁度いい。

むやみに振り回して他人をどついても誰も傷つかないくらいの強度と、しなやかさがあればいい。

名言やな。


そういうことで、定期的に日記を書く習慣は今回で一度やめます。

もうじゅうぶん一定の効果は得られた。

このペースでつづけて、どんどん書くことが鋭利に、過激になってってもおもんないからな。

27歳も無事もう終わるし、遺言書くのもひと休みや!


さて、このサイトの名前は見てのとおり「リズムアンドブルース解放のトラ」やけど、もともと他にも案はあった。


当初は「つちのこ」をタイトルに入れようと考えとってん。

落書きや日記の扉絵に今でもつちのこがよく出てくるのは、その名残りを引きずってる。

定期更新にひと区切り打つ記念と、おれが無事この忌々しいロック厄年を乗り切った記念に、

1年前に携帯にメモってた「つちのこ路線の」下書きを、適宜加筆しつつ、最後に載せる。

まだだいぶ文章が下手クソな気がするけど、読み返すと面白かった。

1年つづけた日記で書いてきたのも、けっきょくはだいたいがこの下書きと似てたな。


あと奇しくも、冒頭のロバート・ジョンソンの写真にも少し通じる話やと思う。



また2年目は、いろんなペースでいろいろします。

日記も頻度は減るかもしれんが、書くのは書くよ、変わらず。

それでは、1年前の怪文書をどうぞ。

ハッピー・バースデー・ツー・ミーやで、ほんま。

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「余は如何にいてつちのこになりし乎」




(山月記のパロディーに出来そう)


「誰もぼくの絵を描けないだろう」、という歌がある。

曲名がすごく気に入っていて、初めて見てからずっと頭の中にある。

もちろん歌詞も良いんよ、こんな風な一節とか。


うんとうんと重たいくつをはくんだ

歩いているのがぼくにもよくわかるように


でも、とかく何より曲名が良い。

誰もぼくの絵を描けないだろう。

どんな声をしてるか、どんな顔か、どんな性格か、

いろんな言動や著作物から見て取れるはずなのに、

いざとなると誰もおれの絵を描けない。

おれがどんな奴かを、誰もうまく説明できない。

どこにでもいるのに、今どこにいるかはつかめない。

みたいな印象。

例えて言うなら、アメリカ人にとってのボブディランみたいな感じ。

ディランを題材にした映画でディラン役に老若男女何人も使うんやで?

それでやっとディランのやってきたことをなんとか描く、みたいな。

それでもなお、描ききれはしないんやけど。

まさにアイム・ノット・ゼア。


じゃあ、和製ボブディランを目指せば良い、てこと?

そうじゃない。

日本人にとっての和製ボブディランは、アメリカ人にとってのボブディランになり得ない。

和製ボブディランの絵は誰にでも描けるもん。

アメリカ人にとってのボブディランは、日本人で言うなら、「つちのこ」や。

その心は?

みんながイメージを共有してるはずなのに、誰も実物を捉えてない。

「つちのこと言ったら?」ていうマジカルバナナは続けられても、

出てくる言葉は全部だれかの目撃証言からの伝聞の情報だけ。

そのマジカルバナナの輪の中につちのこ本人はいない。

そう、そういうつちのこにおれはなりたい。

というか、つちのこには今すぐ「なれる」はずや、「なりたい」じゃなくて。

例えば、おれが「実は私がつちのこでした」ってつちのこ資料館にでも自首しに行ったとしよう。

どこの誰におれに対して「嘘つけ!」て言う権利があるんや。

館長にも無いはずや。

誰もしっかり実物見たことないんやから。

館長に「嘘つけ!」言われたら、「つちのこ資料館長ともあろうものが根拠も無しにつちのこ本人を否定するんですか」て返すよ。

そっから調子良くおだててったら勝てそうな気がする。

落語の「ちりとてちん」さながら。

つちのこの目撃談による特徴も、いくつかはおれにも当てはまってるしな。

・日本酒が好き。

・非常に逃げ足が速い。

・スルメを焼くにおいが好き。

・いびきをかく。

・「チー」と鳴く。←?


片や、合致しない特徴もいくつかある。

(ヘビに似てるとかな。)

でも、それはあって当然や。

考えられる理由は2つ。

ひとつは証言した人間側のウソや勘違い。これは想像にたやすい。


もうひとつは、人間どもは見落としがちやが、つちのこ側が捜索隊を錯乱させるために証言に混ぜたデマもある、ってことや。

その気になりゃぁおれはつちのこ資料館長に毅然として言ったるよ。

「そのヘビに似たつちのこの絵、われわれが代々バラまいてたデマですよ」って。

膝から崩れ落ちるやろうな、館長。

70年代に空前のつちのこ探しブームが起きたのは、おそらく目立ちたがりな先代のつちのこが仕掛けた仕業や。


なぜつちのこが、時にそういう派手なデマまで流しながら、人目に晒されるギリギリを突いてきたのか。

それはひとえに、誰にも自分の絵を描かせたくないと同時に、「人にちやほやされたい」ていう願望もどこかに持ってるからや。

どこでも観測できない奴でありたいと思いながら、たまには人の目にふれたい。

それでいて未確認生物ではあり続けたいから、ウソを混ぜて煙幕を張る。

そう、まさにそういうつちのこにおれはなりたい。

おれの出したうんこや足跡は確かにあるのに、追いかけても実態はつかめないような。

「けっきょく誰やったんやあいつ?」ってなるような。

経歴もいろんなもん混ぜてって訳のわからんもんになりたい。

つちのこがおれ1人なのかすらもはっきりさせないようにしよう。

「ORIGINAL LOVE」って言ってんのに田島貴男一人しかいない、みたいなやつの逆。

そういう風に暮らしてたら、あとは勝手に人間どもの想像力がつちのこに尾ひれも背びれもつけてくれる。



思うに、写真や映像の少ないブルースマンほど経歴や逸話がヤバイ奴が多いのは、そういうことや。

ガチとデマを少々、あとのスペースは想像力が遊べる空き地にしておけば、おれはつちのこっていう概念をどんなものにもできる。

どこにもいない人、観測できない人になりたい。

それでいてたまには人の目にふれたい、ちやほやされたい、ほめられたい。

そういう願望を持つ奴らは昔から一定数いて、自分の本音とガセをごちゃ混ぜにして隠れながら暮らしてきたのかもしれない。

そのサマが、正体のよく分からない存在にこそ発揮される人間の想像力を触媒にして、ひとつの生き物のカタチに昇華したもの。

それがつちのこなのかもしれない。

もしそうなら、そういうものにわたしはなりたい。

社会生活では人は「見る」主体であると同時に、常に他人から「見られる」存在ていう、誰かにとっての客体も兼ねてるとよく言う。

おれは後者の「見られる」っていう方に心底くたびれたんやろうな、と思う。

だから人間の視線を煙に巻くつちのこの在りかたにあこがれたということなんでしょう。

心理学的、民俗学的な見地からすると。

ただ、この「私がつちのこです」理論は完全に早いもん勝ち、言ったもん勝ちや。

2番手以降は、先行者の言い出しっぺに否定されたら即ニセモノにならざるを得ない。

たった今、おれが初めにおれこそがつちのこや、って宣言したからな。

これは今後の日本史の中で覚えておくべき瞬間や。



…何言っとんやろうな。頭がおかしい。

それは前からやけど、極端な思想がガスみたいに溜まってる感じがする。

リハビリに日記を書きます。



(2019.6.8)






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