会報のトラ vol.2

更新日:2019年7月2日

①
……芸人ちゅうのは何や言うたら、落ちこぼれ人間です。社会のはみ出しモン、アウトロー。いわば暴力団といっしょですから。我々とヤクザはいっしょ。
せやからあの、芸人とヤクザが癒着したらイカン言うけど、ウソ、あんなもん。根が一緒やから癒着も何も、もともと同じタイプの人間やからね。
できるだけラクしたい。みんなと一緒のことはしたくない。それでいてチヤホヤしてほしい。お金はようけ貰いたい。ほとんどこういう考えの人間が芸人とヤクザになるんですね。ただ向こうは腕が達者でこっちは口が達者やった言うだけのことで。上に生えてるこう、木が違うから、みな違うもんや思うけど、根はおんなじですから。
だから我々芸人の言うこと聞いて「ヘェ〜」とか「成程なぁ!」とかそういうことを一般の人は言う必要ないんですね。「フン、馬鹿が。」と、こう思てりゃええんです。
せやけどこの頃あの、我々でもテレビなんかで言うと、「そうだ、マッタクその通りだ」「ヤァ、良いことを言う」とかね、……
②
林 正之助(はやし しょうのすけ、1899年1月23日 - 1991年4月24日)は、吉本興業元会長・社長。興行師、芸能プロモーター。風貌、豪快な性格からあだ名を「ライオン」と呼ばれていた。
レコード会社乗っ取り未遂を起こした際には相手方の会社に乗り込んで、「わしが田岡親分に電話一本連絡すれば、山口組の300人の兵隊が来て血の雨を降らすぞ」と息巻いた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/林正之助
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宴会の余興に、ただ純粋に楽しむんならナンボでも楽しめや。
でも、そもそも芸人と撮った写真を持つことによってそいつの信用度が高まるなんて図式があるんであれば、それが荒唐無稽で腹立つんや。芸人は芸人であって、誰かの信用を生むようなもんちゃうやろ。芸人やで?
芸人というか、音楽を含む芸能界と一般社会の関係について。
そもそもずっと前から腑に落ちきらんかったんや。
なんで大衆どもは芸能のプロにパンピーと同じルール守らせて一般人ごっこさせとんねん。
芸能界っておれら大衆が娯楽として楽しむオモロイ映画や舞台や音楽や番組が詰まった世界やろ。
それをふだん見とる世界と一緒にすなよ。鏡作ってどうするの。
芸能人同士の不倫なんてしまくればええやんけ。それが浮世離れしたイイ演技とか美貌のタネになるなら。
お薬もたくさん摂ればええやんけ。おれらがイカれちゃうような音楽を作ってくれるなら。捕まるのは知らんけどおれらには謝らんでええから。
プライベートの対応が悪かったってええやんけ。それでもファン辞めれんほどカメラの前で魅力あれば文句ないやろ。
お笑いで食いもん粗末にするなっていうけど、そのご飯を普通に食って笑顔になれる以上に面白い使い方ができてるんであれば笑い飛ばせば良くないか?
(そのうえでおもんない奴は地獄に落ちてもええと思うけども。毎回毎回機械的にテロップ流すのはおもんなくても許してや、て言い訳にしか見えん。自信持って食いもん使ってるなら断りは要らん)
芸能人にはパンピーが見れない世界を活き活きと見ささなあかん。それも彼らの仕事のうちやろ。
芸能界を一般社会の鏡と勘違いして目くじら立てんのは、極端に言うたらテーマパークのパレードに出とるマスコットに全員シートベルトつけさすような話やで。
今後そんなイチャモンまじで出てきそうで怖いわ。
ここまではパンピーが芸能人を姑気分でイビんなっていう話。
「最近はコンプライアンスが…」とか「過激なパフォーマンスは今の時代では…」とか情けないこという芸人やミュージシャンをよく見かけるからな。
でも気にせずやれよプロなんやから、とも思う。
今度はそっちの話。
コンビニ行くのも顔指されるから不便とか、ちょっとした発言まで注目されて揚げ足とられるから窮屈とか。
ワイドショーのコメンテーターの一般人の目線ぶった芸人とか。
何を芸能人がパンピーと同じ尺度の生活してる、できると思っとんねん。
顔指されて嬉しかったらニコニコしたらええし、ムカついたらブン殴ってひっ捕らえられて新聞載ったらええ、殴った相手にはあとで謝れ、世間には謝らんでいい。
ちょっとした程度の発言はすな。おれらが怖くて言えんようなデカいこと言え。
パンピーの視野が抜けきれてないから、「誰もが共感できる歌詞」やら「日常のあるあるネタ」みたいなもんが増えとんねん。それはおれらみたいなアマのほうがよっぽど得意なんじゃ。
それがつまらんとは言わんが、プロになった言うんならもうプロにしか作れんブッ飛んだもんをもっとおれらにくれよ。
あと、コメンテーターはランダムに選んだ完全な素人と完全にエンタメ目線の芸能人と、その間に専門家、で並べといてやっとバランス良くなるんちゃうの。
要するにパンピーと芸能人双方、「エンターテインメントのプロ」っていう、「本来生活上にいなくても困らない存在なのに、それでも娯楽でメシを食える程の才能ある人間」についてもう少しそのあり方を考えないかん。
冒頭の言葉を借りれば、「みんなと一緒のことはしたくない。それでいてチヤホヤしてほしい。お金はようけ貰いたい」ようなやつが「みんな」と同じ価値観なんか持っててもおもんないやろ。
その、「みんなと一緒のことはしたくない。それでいてチヤホヤしてほしい。お金はようけ貰いたい」ようなやつが「みんな」と同じ価値観を持ってるのがYouTuberなり何なりじゃないの?
そういう娯楽も新しい存在としてはあってもいいと思うでおれも。見たことないけど面白かったら見るよ。
そういうYouTuber界みたいなものが社会の世俗の鏡であるべきものなんよなぁ。同じ価値観の持ち主同士なら。
でもそういうYouTuberらを「フン、素人が。」と思っとるような芸能人がいたら、その通り、じゃああんたらはプロなんやから素人と違うプロなりの生き方をもっと全うして死ななあかんで、と言いたい。
そうでなくちゃおれらはあんたがたに楽しませてもらえない。
昔の芸能界は大らかで良かったなんて過去形にしたら寂しいやんけ。
何度も言うけどおれは昔の音楽が好きなんや。
締めに、寓話っぽいの言ったる。
キラキラ光ってる芸能人と、それをメディアで鑑賞するファンの関係っていうのは、星を見る人になぞらえられるかもしれない。
星を見る人は、初めは夜空に光ってる星を見かけて「キレイやな」って思った程度。
その帰り道、気になってネットでその星の名前を探すかもしれない。
そこから手元にちょっとの金があったら、次の日でも本屋で星の図鑑や天体写真集みたいなものを買うかもしれない。
大学生なら天文同好会みたいなものに入るかも。同じ星を好きな者同士で情報交換したり、違った星が好きな人と星の良さを議論しあったり。
天体写真の撮り方を覚えて、奮発してカメラを買うかもしれない。寒い中ずっと星を眺め続けるかもしれない。
ボーナスが出たら、より近くに星が見える望遠鏡を買うかもしれない。それはもう手が届きそうなくらい!
この、「手が届きそう!」ていう感覚を、もうあたかも自分と星は同じ立ち位置と勘違いすると、上で散々言ってきたような自分の価値観を芸能人に押し付けるパンピーが出てくるんじゃないかしら。
その「星」を見るために費やした時間、金が多ければ多いほど、そんな気分になる「星を見る人」は増えるんやろうな。
これはアイドルとか見てて、思ったこと。
商法がいけすかねぇんよな。いい歌もよくできた歌詞も中にはあんのにな。
そういう薄汚れた商法は残念ながらリズムアンドブルース解放のトラの敵になりやすいんよな。
歌は偏見なくいいものはいいと思えるけど。



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