会報のトラ vol.12

更新日:2020年1月13日

蝶野正洋 新成人にエール「年寄りを踏み倒して前に進んでほしい」
この日は成人式とあって、新成人に向けて「2020年はどの業界も変革の時期と言っている。新しい時代を担う人には、俺らみたいな50~60代の年寄りを遠慮なく踏み倒して前に進んでほしいな」とエールを送った。
「#老害」に潜む世代間憎悪 リア充のまま死んでいく高齢世代への拒絶
SNSで高齢者への憎悪の言葉を目にすることは多い。自身で書き込むことはないが、彼らの心理は「正直、わかる」と。 「そうすることで若者が優位に立てるからだと思います。自分よりも下の存在を作ることでプライドが落ち着く、みたいな」
新成人が警官殴り逮捕 酒に酔い「俺が悪かった」
警察によりますと、古舘容疑者は県道で爆音を鳴らして暴走するオートバイを追跡していたパトカーの前に立って進路を妨害したうえ、駆け付けた男性巡査長(26)の左頬を殴り、右足を蹴った疑いが持たれています。古舘容疑者は酒に酔った状態で、警察の取り調べに対して「今は俺が悪かったとしか言えない」と話し、寝てしまったということです。
麻生太郎副総理「パクられたら名前出る。それが二十歳」
二十歳を境に何が違うのか。飯が食える、たばこが吸える、酒が飲めるとかなんてどうでもいい。 それより、皆さんがた、もし今後、万引きでパクられたら名前が出る。少年院じゃ済まねえぞ。間違いなく。姓名がきちっと出て「20歳」と書かれる。それだけはぜひ頭に入れて、自分の行動にそれだけ責任が伴うということを、嫌でも世間から知らしめられることになる。それが二十歳だ。
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新成人の皆さん、おめでとうございます。
若さと希望に満ち溢れる新成人の皆さんに心からお祝いとお喜びを申し上げます。
また今日まで育んでこられたご家族の皆様、恩師の先生方、地域の皆様にこれまでのご労苦に対して感謝申し上げるとともに、重ねてお祝いを申し上げます。
それより、皆さんがた、もし今後、万引きでパクられたら名前が出る。
少年院じゃ済まねえぞ。
…それはさておき、そうか、おれは「万引きでパクられたら名前が出る歳」になって7年が経ったのか。
自分の行動に責任が伴って7年経ったのに、おれの名前は未だ世間に表立って知られてない。
どうやらこの7年間おれがしてきた行動は世間的には何もかも、しょせんは万引き以下のことだったらしい。
そらぁ悪かったな。
自分が新成人だった年は、式が終わってから梅田のロフトでジッポライターを買った覚えがある。
そのあと、谷九の近くにある高津宮ていう神社に行って、木村充揮ていうバケモンみたいなブルースマンの毎年恒例のライブをワンカップ片手に初めて観た。
演者も観客も、大のオトナが揃いも揃って神社で顔真っ赤に酔っ払って、笑い合ってる空間に混じれることが、どんな式より成人を迎えた実感が湧いた。
成人の日にある高津宮のとんど祭りはその年以降毎年行くようになったけど、残念ながら2年前に祭自体が終わってもうた。
自分にとってはいちばんの神事やってんけどな。
さて、ざっといろんなお偉いさんの成人の日のご挨拶を漁ってみるに、「成人とは」「大人とは」ていう本質的な定義づけをしたうえで目立つニュースになってたのは先の「万引きでパクられたら名前が出る」発言ぐらいやな。
おれは至極まっとうなご意見やと思うよ、これ。
そもそも他にまっとうに「成人とは」にふれてる挨拶文がニュースになってないんやもん。
新成人側の意気込みとか、暴力沙汰とか、あとは芸能人の上から目線のよう分からんエールとかばっかりで。
自信持って成人とはこういうもんや、て堂々言いのけたこのおじさんが一番エライ。
こういう人を遠慮なく踏み倒せるようにならなアカンのかな。
ガッデム!
成人の日でもあることやし、せっかくやからおれも「成人とは何か」についてこの発言にあやかって考えてみようか。
思うに成人の日を迎えるっていうのは、「かくれんぼの隠れる時間が終わる」みたいなもんに似てる。
この例えでは、おれらが隠れる側で、かくれんぼの鬼は世間や。
「渡る世間は鬼ばかり」、とはよく言ったもんで。
要するに、物心ついたころから二十歳になるまでの期間は、世間が「いーち、にーい、さーん、」ってしてて、「もーいいかーい?」って聞かれたら隠れる最中の子どもは「まーだだよー」って言えば良かってん。
それが、人生というかくれんぼの鬼にあたる世間が「にーじゅう」まで数え終わったら、「まーだだよー」が効かんくなる。
鬼が20数える間に隠れきれなかった新成人たちはこれから、世間の目も浴びながら隠れる居場所を探さなあかんくなるわけよ。
やから、成人の日に暴れてとっ捕まるキッズ(20)は、今まで目隠ししてた世間という鬼が振り返った瞬間に見つかったようなもんで、それがどうにも上手く隠れた奴らからしたらマヌケに映るんよね。
ルールも分かってへん論外のガキや、と。
なので、もしおれが新成人に向けて挨拶を送るとしたら、「隠れる場所は見つかったか?」と問いかけることから始まるやろうな。
鼻につく市長やなぁ。
自分の居場所が20数えられる前に見つかったっていうガキには、その居場所に本当に自信があるか?とも問いかけるし、見つからんかったっていうガキには、さっきも言った世間に晒されながら居場所を探す大変さを説く。
まぁ、二十歳のうちに見つかってようとなかろうと、どっちみちいろいろあるんよ、このかくれんぼ。
最近、ちょいちょい仕事で時刻表開くことがあって、自分が出かけるわけじゃないので全然ワクワクしないなーって思ってたけど、学生時代とか他人にルートとか聞かれて時刻表で調べるときでも楽しかったから、そういうことじゃないんだなって少し寂しい気もした。
正直、20年以上趣味としてきた鉄道が趣味じゃなくなるってのはほんの一年ちょっと前までは全く想像もしてなかった。今でも乗れば楽しいしTwitterとかで流れてる情報とか見るのは面白いけど、少なくとも時間とかお金とかつぎ込んだり、自分でいろいろ調べたりってのでは無くなった。
おれにとってこの例えでの「隠れ場所」ってのは、自分が世間に左右されずまっすぐに打ち込めたり好きでいたりできるもの、ぐらいの感覚で使ってるんやけど、こういうケースもある。
ずっと興味のあったものが、成人を越えたあと、何かの拍子で向き合いかたが変わる、というか。
昔、まだ鬼が目隠ししていたころは盤石だと思ってた隠れ場所が、いざ社会の中に揉まれてみると不安要素が芽生えたり。
そんな気づきは別に悪いことじゃない。
また探せばええだけで。
そういうケースとは逆に、世間が20数え終わって鬼がズンズンあちこち探し回り始めたあとに逃げるように隠れ込んだ場所、つまり、大人になってから出会った趣味や仕事や人間がぴったりハマる場合も往往にしてある。
むしろそういう場合のほうが、鬼が動き始めたのに隠れられてない者どうしが結びついたり、世間に対するやり過ごし方がおおかた分かってから行動するんで、案外上手く隠れきることもできるのかもしれない。
もう一点厄介なことに、このかくれんぼはどんどん進んでいくうちに、隠れ場所から出てきて世間に見つかったほうがラクなんじゃ?っていう奴らも増えてくる。
何の趣味も嗜好もないし、もう他にも大勢見つかってるし、これ以上がんばって隠れ場所見つけなくてもええやんけ、ていう類の興の冷めたイヤな大人。
それにはなりたくないもんやな。
そういう奴ほど何かが好きであることを鼻で笑う。
君はたとえそれがすごく小さな事でも
何かにこったり狂ったりした事があるかい
たとえばそれがミック・ジャガーでもアンティークのカメラでも
どこかの安い バーボンのウィスキーでも
そうさなにかにこらなくてはダメだ
狂ったようにこればこるほど
君は一人の人間として
しあわせな道を歩いているだろう
君はある時何を見ても何をやっても
何事にもかんげきしなくなった自分に気が付くだろう
そうさ君はムダに年をとりすぎたのさ
できる事なら一生 赤ん坊でいたかったと思うだろう
そうさすべてのものがめずらしく
何を見ても何をやってもうれしいのさ
そんなふうな赤ん坊を
君はうらやましく思うだろう
さて、おれは鬼が13くらい数えたころに出会った音楽に、未だ頑なに隠れてる。
どんだけ世間がおれの隠れ場所の近くを足音喧しく横切っても、おれは今までこの場所を出なかった。
これからのことは確実には分からんけど、きっとまだ当分おれはここを出ない。
世間、見つけれるもんなら見つけてみい、このツチノコを。
今どき珍しい戦前ブルース好きの、ギター作るようなええ歳こいた大人やで。
毎度毎度、けっきょく「音楽が好き」で終わって、ワンパターンかな。



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