4曲入りEP「核家族」ライナーノーツ

更新日:2021年12月25日

「どこにも行ってねぇのにどこかに帰りたいのはどうしてだ?」
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【解説】
毎年4曲ほど自作の曲を音源に残していく習慣ができて、これが3作目になる。
前回の制作は去年の春先あたりなんで、けっこう間が空いた。
前作といえば、久々に出させてもらう予定にしてたイベント用も兼ねて作ってたのが、結局コロナでイベント開催中止になったっていう経緯があった。
そこから今作までの期間はちょうど、自分に直接関わる規模のコロナ禍が始まってから、何度も寄せてきた波を越えて、一時的にではあるけど比較的落ち着いとる今現在までの、おれがこの奇妙な時代と付き合ってきた日々そっくり、そのままにあたる。
音楽との付き合いで言えば、こんなにもライブを観に行かない期間が続いたことは今まで無かったし、自分が人前で歌うこともすっかり無くなった。
かたや、以前よりいっそう家に引きこもる時間ができたことでエレキギターは合計3本も作ったけどね。
生の音楽にふれる機会は減っても、自分の中に湧いてくる曲まで不漁になる、なんてことはなく、なんだかんだと日々の暮らしの中で書き留めた歌は例年通りいくつか残った。
こうして4曲の並びで見ると、相変わらず身近なみじさを歌う曲が目立つ。
まあブルースマンやもんな、わし。
その中で際立っとるのが、家族ができることの幸せを素直に書いた歌詞の曲。
自分のことじゃないにしろ、周りの友達に起きた幸せをこの期間に目にして、こうして歌の形に残せたことには意義がある。
というのも、おれはこのデモテープ作りの習慣をある種、文字通りの意味での「アルバム」を将来の自分(と、ごくわずかの友達)に残すためのものと捉えてる。
旅先ですら自分が写った写真をほとんど撮らないおれにとっては、その年の、その年齢の自分が何を見て、何をして、どんな精神状態だったかは、その年に自分が残した音源にこそよく表れてると思う。
そんな風に残した4曲が、4曲揃ってみじめな歌じゃないってことは、「この年のおれも明るいことは確かに目にしたんやな」って、あとになって思い出せるってことなんよ。
「核家族」ていうタイトルも、その曲から取った。
ジャケットに使ったのはWikipediaで核家族って調べたら出てきたイヌイットの一家の写真と、間違ってマスク着けたまま証明写真を撮ってしまったマヌケな自分を加工した写真。
毎年作品が1枚出来上がるたびに、この習慣をこの先何十年も続けたらどうなるんやろ、と考える。
この先自分の思い出を歌の形で残す必要が無くなるような時が来れば無理には続けるつもりはないけど、しばらくは枚数を重ねていたい。
とりあえず、今年はこの4曲。
20代の終わりに残すには良い感じちゃう?と、クリスマスイブの深夜にせっせとCDを焼きながら、29歳の自分は思っとる。
2021年10月〜12月録音
1. 喜劇王
一輪車に乗って 危ねぇ綱渡りもしてきたよ
きみが見たいなら 蜘蛛の糸でも
落ちるほど怖ぇのが恋、なんつって
今世紀最大の喜劇王
戦前ブルースのお気に入り曲からコード進行を借りたもの。
愉快なディキシージャズみたいな感じにしたくって、本当はトランペットを使いたかったけども、結局練習サボりがちで今年もイマイチ上達しなかったから断念。
だいぶ前から歌詞も曲のイメージも出来とったけど、自分の想像通りの雰囲気に仕上げられるか微妙で気が乗らず、今年やっと重い腰上げたって感じ。
結果的に今回の4曲の並びにしっくりハマって良かったと思う。
さんざんな暮らしぶりを道化師になぞらえてクサすという、ヤケクソな内容の歌。
冒頭を決まって「〇〇車」で始めたりとか語尾の韻を意識的に揃えたりとか、こういう定型詩的な歌詞のほうが、実は作るの得意やと思う。
この曲でピエロをモチーフにしたことといい、ラストに「ザッツ・ライフ」を持ってきたことといい、今作は「ジョーカー」っていう映画を連想するようなナンバーで始まり、終わる。
実はそのことは、今作の裏コンセプトであったりもする。
こんな時代、人間誰しもジョーカーになり得るけど、そういうみじめな感情をぶつける相手としておれには音楽があった…みたいな、カッコつけて言うとそんな感じ。
とにかく、ヤケっぱちなことを明るく歌うのは楽しい。
今回唯一ベースを弾いた曲でもある。
2. 吸いさし
ぼくをゴールまでひっぱっておくれ
ぼくのケツをひっぱたいておくれ
きょうも石橋で酒を飲んだら
ごろり仰向け月を見た
収録曲の中で、いちばん古くからあるもの。
歌詞に「23歳」っていう年齢を入れてしまってるんで、これは20代のうちに録っとこうかな、と思った。
むかし人前で自分の曲を歌ってた頃は、齢を取るたびにここの部分を当時の年齢に変えて歌ってたけど、流石にみっともねえからもう23歳で固定や。
おれのお得意な、日本の昔話とか童謡を歌詞のモチーフにするっていうアプローチを取った曲のひとつ。
これは、日本語詞には日本なりのルーツを入れればええやんけ、ていう一種のポリシーやね。
そんな歌詞に織り交ぜて「歩道に捨てられたチャイルドシート」が出てくるんやけど、これは実際にこの頃家に帰る途中で見かけた景色。
なぜか脳裏に残ってて、題材にして作った曲が別でもう一個あるくらい。
録音は確かギターバンジョーの音から録ったんやけど、おそらく酔っぱらっていたのか、ひどくテンポがえっちらおっちらしとる。
それはそれでのろまな亀らしくってええか、と思ってそのまま音を重ねてった。
一方で、酔ったままに吹いたハーモニカは、哀愁があってすごく良い。
3. ウィー・アー・ハッピー・ファミリー
日々のなかで きみと暮らすことに
きょう、この日から 名前がついた
そんなささいな しあわせを手に
きょうからおれは うちに帰れる
これは完全に歌詞も作曲も今年に出来た作品。
6月に友だちの結婚式に誘ってもらって、そのあとすぐに作った。
結婚式のために前もって曲を作るなんて器用なことはできない。
おれは実際に見たり聞いたりしたことじゃないと、歌なんぞ浮かばん。
ましてや、幸せなことを曲にするのなら尚更のことで、おれの想像力の引き出しに、そういうジャンルは乏しい。
そういうわけで、幸せな現場に実際立ち会って作ったこの歌詞は、結婚式の様子や結婚っていう言葉自体を、いろんな形で言い換えたような内容。
この曲が今回のCDのタイトルを「核家族」に決めることに繋がったことを思えば、自分の中で今年のイチオシなのかもしれん。
そのわりに録音は極めてアッサリしてて、出来立ての頃にとりあえずで録ったボイスメモの雰囲気、ほぼほぼそのまま。
ギターには今年作った9弦ギターを使った。
ふわふわした感じを出すにはピッタリやったよ。
4. ザッツ・ライフ
家も金も地位も服も嫁も子供も
なけりゃないで自由気ままに暮らしてるよ
だけどちょっと目を離すスキに人生が
つまんなくなってくのはどうしてだ?
毎年恒例のデモテープ録音になるが、明白なカバー曲を入れたのはこれが初めてになる。
洋楽を日本語で歌うレパートリーはむかしから何曲かあるけど、あんまり根を詰めて録音することは今までなかった。
1曲めの解説でも少し書いた通り、原曲は「ジョーカー」のエンディングにも使われたフランク・シナトラの歌唱曲。ジェイムズ・ブラウンも歌ってたりする有名な曲やね。
一方で歌詞のほうは英語詞をそのまま訳したものではなく、今年バイクで旅してた途中で不意に自分の中で思いついたものを、ふとこの曲にハメたって感じ。
旅のことはもう別の形でさんざん記録に残したから今更詳しく書くこともないけど、おれは夏の終わり、125ccの原付で東京までライブを観に行った。
ヘンな時代の中で鬱屈しとる渋谷の様子とか、幸せに結婚してく友達のこととか、ダラダラとジリ貧暮らしを続ける自分のこととか、下道をひたすらバイクで走りながらぼーっと考えてたことが、東京で泊めてもらった友達の家で朝目が覚めたとたん、歌詞になって湧いた。
ちなみにバイクに乗って長旅しながら考えてたことが自然と歌詞になったケースには他にも、2年前に録音した「どんなんになるんかな」っていう曲がある。
英語の曲を日本語で歌ったものを今年の録音に取り入れようと思ったきっかけも、この旅でライブを観た吾妻光良&The Swinging Boppersの影響があるかもしれない。
昔のジャンプブルースのナンバーに乗せて、自分たちが日ごろ感じるようなパッとせんことやら欲望やらをあくまで肯定的に歌うあのスタイルは、やっぱりおれがあこがれる「今の、日本の」ブルースマン像のひとつの理想やと思う。
おれなりに、今年のおれが歌えるものごとをスタンダード曲に乗せて音源にできた、その満足感はある。
録音としては10月中に仕上げて、4曲中いちばん早かった。
今年初の試みとして、フリマサイトで買ったMIDIキーボードとか、ドラムパッドとかを使っとる。
ギターソロなんかはもはや1年のうちにこの時期にしか弾かんから、けっこう手間取ったなぁ。
イライラした感じがそのまま音に出てて良い感じ。
(2021.12.25)



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