無頓着に潜む頑固の話

更新日:2019年8月29日

甲:…俺、そこなんだよね。お笑いに関して(の頑固さ)と、普段のアレが、全く違うんだよね。(お笑い以外の)後は結構どうでもいいっちゃどうでもいい…
乙:いや、そうは見えてないよじゃあ。俺らからしたらねぇ。
甲:ああそう?
乙:「これ食おう」とか、「これが美味いんだよ」とか…
甲:あーそれは(笑)…そういうのはあるよ。
乙:これ俺目線ね、「この服が良いんだよ」とか、…「日村さんが着てるの、それダメだよ」とか…
甲:言わないじゃん俺!そんなの。
乙:いや言わないけど…
甲:「ダセエな」とかは言うけど。
乙:うんうん、だからね、うん…
甲:うん。「ダメ」とは言わないよ。
乙:そういう、自分目線から「ダサイ」っていう、もうなってる訳じゃない?
甲:…そうだ(笑)、…同じことだね。
乙:うんうん…だからそういうのは、だから、その、「頑固」っていう風に、捉えちゃうよりは、だからそれは自分の考えがあるんだろうなって…
甲:あー…そうだね、俺が「こうだな」って思うことが、…確かにそうかもしんない。
乙:だからそうやって言えるんだな、ていうか。俺は別に無いから、無いものをそのまま取り繕おうとすると、要はもう、ボロが出るから…
甲:あるよ!日村さんも。
乙:いや、じゃ、じゃあ、あるけど、じゃあ例えばさ、(甲に)「その服ダセエな」つって言われたとするでしょ。じゃあホントは別に何とも思ってないのに、「いやいや、これ、こうでこうでこうなんだよ」っていうさ、思ってもないこと言い出したらさ、…どんどんどんどん(甲が追及して)来るでしょ、「いやそんなこと思ってないでしょホントは」とかさ。
甲:…でもさ、日村さんさ、あの…何か、「スタイリストさんが最近いるから、」ね、「俺もマトモになった」って…
乙:うん、言う言う言う。
甲:それは言ったじゃん。「俺は、昔もっとダセエ、」と、「変なニセモンの服とか着てた」って…
乙:うんうん。そうそうそう。
甲:ただ、だとしても日村さんは、言われても変えないじゃん。
乙:…え、ごめんごめんどういうこと?変えないってのは?
甲:「じゃあ流行りの服を取り入れよう」とか…
乙:あーあーあーあー…
甲:頑固なんだって。それが良いと思ってんだって。
乙:…あー、そんな自分でね。あー。そこに…
甲:だから、頑固なんだよ。だって、…それを取り入れるじゃん、普通は。
乙:そうだね。
甲:日村さんだけ全く違う、道を突き進んでるじゃん。基本は。
乙:うん…確かに。
甲:(乙に自分の考えが無いと)言っても、(取り入れないこと自体が)自分が良いと思ってるものじゃん。
乙:うん。
甲:「これ着てください」(と言われた乙が)、「ハイ着ましたこれ、じゃあこれで一週間…」とかじゃ、
甲・乙:じゃない。
甲:ないじゃん。
乙:うん、じゃないの。何だって良いわけじゃないの俺。そう。
甲:でしょ?…で、頑固なんだよ。
乙:あ、ホントだ。
甲:で、それを「ダセエ」っつって。
乙:うん…
甲:その、そのセンスを…(笑)
乙:あー、それ全体で言われちゃってると、…そうだね、ダサイか。
甲:そうそう、「それが、これが、こうだ」とかじゃなくて。
乙:あーなるほどね(笑)。その、…そう、うん、そうだね、トータルで言われてんだったら…そうだね…
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「文字起こし」っていう行為自体でも何か記事が書けそうな気がするな。
既にいろんな賢い人が書いてそうやから、まあええか。
さて、今日の導入は、自分には相方の甲のような自分自身の考えとか嗜好がないと感じてる自称無頓着の乙が、実はそんな自分の中に「何も取り入れない」っていう頑固な性質があることを看破された会話からの抜粋。
要するに甲乙の2人は、「これは、こうあるべきだ」っていう選ぶべき対象があるタイプか、「そもそもこうなるのは嫌だ」っていう避ける対象があるタイプか、の違いはあるものの、どっちも方向性としては頑固であることには変わらんっていう。
おもしろい話やね。
抜粋しなかったこの会話の続きの流れを言うと、甲のタイプは雑誌を見たり流行りを知ったりしたうえで自分の嗜好を積極的に選んでいくのに対して、乙のほうは「無頓着」であるうえに周りの情報を受け入れずに自分の道を進んでいくから、後者のタイプのほうがより頑固だよ、っていう方向に進んでいく。
実におもしろいと思う。
2人の間で決定的に違うかったのは、甲は自分の中の頑固な性質に初めからある程度認識があったのに対して、乙のほうは自分に頑固な性質があることに深く突っ込まれるまでなかなか気づかずに、「俺は別に無い」っていう単純な無頓着さだけを自覚してたことなんよな。
この後者の、言わば「無頓着の中に隠れてる無自覚な頑固さ」って、無自覚が故に厄介なんよな。
世に蔓延ってると思うわ。
分かりづらいから気づかないのもしょうがないことではあるんやけどさ。
こういう形で話芸のプロの人が喋って、やっとある程度わかりやすく目に見えてくるぐらいなんだもの。
この、自分の中にある無自覚な頑固さを、できる限り多くのジャンルについて無くしていくのが、人間の楽しみの1つと思うんよな。
それは小さい次元から大きな次元まで、いろんな面で気づけることやと思う。
アニメなんて何見ても変わらんや、と思ってたけど、振り返ってみれば自分の中で試す前から敬遠してるジャンルがあったり、時間潰しのパチンコやからどの台でもええわと思っても、ハナから絶対選ばない台がある自分に気づいたり。
政治に無関心って一口に言っても、(思うところはあっても)投票したって何も変わらないからどうでもいいっていう立ち位置の奴と、単にスタートの時点で政治が嫌いっていう感情でそういう話題を受け入れない奴とでは、無関心のレベルが違うやろうし。
そういう様々なジャンルにおける「これは嫌だ」みたいな消極的な頑固さを自覚するだけじゃなくて、そこから「こういうのが良い」っていう具体的な志向性まで発見できたら、自分の趣味嗜好の槍が今までより更に鋭利に1つの方向にトガるわけやんか。
それは言うなれば前向きな頑固さであって、他の未開拓のジャンルを自分が冒険するときのコンパスの針にもなる。
「これは何か嫌やな」程度の判断基準のシャットアウトに留まってたら、それは言わば「北以外の359°のうちどっか」を指すだけのコンパスやろ。
そんなもん手がかりに旅しても迷う迷う。
そんな槍は箸にも棒にもかからない。
”ジャンル関係なしに何でも聴いてるように見えて、そこに何らかの美意識や志向性が現れてる人の方が魅力的だよねとは思います”
たまたま見かけたこのつぶやき、今日の話題と非常に近いこと言ってんなあって思ったんやけど、おれの理想はこの言葉を音楽っていうジャンル以外のあらゆるもんに拡大した境地なんよ。
「ジャンル関係なしに何でも知ってるように見えて、そこに何らかの美意識や志向性が現れてる人の方が魅力的だよね」って感じ。
何について喋っても、どんな形式で表現させてもその人らしさが出てくるような。
「人間自体に著作権をかけたくなる」って言うか。このフレーズはまた別で話書くかも。
娯楽がこんなにたくさんある世の中やから、できるだけいろんなもんを体験した上で、好きなものを見つけたい。
でも闇雲に探すには時間も金もかかり過ぎるから、ある程度どんなジャンルでも使える自分の槍というか、コンパスの針というか、そういう試金石的なものを準備したい。
だから無自覚に頑固でいる状態はできるだけ脱却したい。
理にかなってるやろ?
おれが一貫して信条にしてる、「無駄な娯楽を愛せる人生を送りたい」的な考えの1つの根拠でもある。
自分が好きなものを見つけるためのサンプルを、延々とガラクタの中で探し続けてるんやと思う。
ただ、そういう楽しみも、長い人生であんまり急いでやり過ぎてもつまらんと思う。
おれ、燃え尽きたみたいに早死にするスターって、自分の槍とかコンパスがめちゃくちゃ正確な精度で完成され過ぎてたんやと思うねん。
だから人よりも迷わず一瞬で自分の目指す高みに到着して、人よりも早くさっさと用事が済んで天国行く、みたいな。
それはそれでやっぱりカッコいいとは感じる。
でもおれの場合はノンビリしてるから、たぶんまだ死ぬまで多少時間はあるやろうし、あまりにも早く自分の槍を研ぎ過ぎると、長く生きた場合の老後が暇すぎる。
ある程度精度の粗いコンパスのままにしとかないと、寄り道無しの最短航路で進む趣味の道なんて、すぐ終わってまうやろ。
完成が早すぎたら、そのあとやることなくて急激に老けちゃいそう。
そういうわけで、今はまだ自分に潜む消極的な頑固さをつぶしていく過程の、途中の途中なんじゃないかね。
今の時点で、そういう無頓着のフリして初めから情報をシャットアウトしちゃうような、隠れた頑固さが存在し得るってこと自体に気づけただけでも良かったよ。
それすら知らんと死んでてもおかしくないんやから。



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