コンビニで見た光景の話


きょう昼間、コンビニの前で一服してたら、前に停まってた車、あれ何やったかな、白のワゴン車やったわ、そんなかからおじさんが出てきた。ワイシャツ着た、たぶん働くおじさんやわ。
どうやら店内に入る前に、車内に溜まったゴミを捨てるらしい。
車での移動が長引いたりすると多少あることやわな。運転席に置いたジュースの空き缶なり、空のじゃがりこなり…
ああいうの、溜まりすぎると知らないうちに床に転がったペットボトルがブレーキペダルの下にもぐったせいで車が止まれなくなってパニックになるらしいで。何かで読んだわ。ゴミをナメてたらあかん。やっぱ街にゴミ箱は多少は要るねんって。
さっそく話が逸れたな。
そのおじさんが捨てた空き缶にびっくりしたんよ。
ジョージアのカフェオレを一気に6缶。飲みすぎやろ!糖尿なるであんなん。
溜めすぎてたのを一気に捨てるタイプやったんかな。でも身なりはふつうの働くおじさんやってんけどな…不健康な体型でもなかったし。
しかも几帳面っぽいのよ。いくつかのカフェオレの缶の飲み口んとこに、その時に噛んでたガムを捨てたんやろうと思われる、ちっちゃいクシャッとした包み紙が詰まってたりすんねんけど、それはちゃんと手で取って燃えるゴミのほうのゴミ箱に捨てとった。感心したわ。
そこまでするおじさんが、なんでカフェオレ6缶も一気に捨てとんねん?
そう考えると、アレは一週間車内に溜め込んでたようなゴミじゃなくて、もっと短期間に出たゴミやと推理する方が自然なんじゃないか。
ああいうタイプの人って、きっと毎日事務所に帰って仕事が終わるたびにその日出たゴミをきちんとその日のうちにまとめて捨てると思うねん。
そうなってくると、信じがたい話やけど、あのカフェオレ6缶はあのおじさんがその日の朝から昼までに飲んだカフェオレなんじゃないか。
ジョージアの缶コーヒーの中でもカフェオレはロング缶になってるから、1本あたり250ccでしょ。
つまりあのおじさんは午前のうちにカフェオレを1.5リットル飲み終わってる計算になる。率直に言ってバケモノやで。
何かに凝るってのはみんなお互いさまやから、どうこう言うってことやないんやけど。
こう見えて〇〇なんです!っていう類のなかで最近稀にみるスマッシュヒットやったわ。
勝手な推測やけどな。
そんなことを日頃から考えるのが癖なのかもしれない。
人が面白がらないことでも面白がったほうが得やんけ、と思う。
ただでさえおれの最近の日常は面白いことから遠ざかってるもん。
コンビニで一服してたら、たまにそういう光景を目にする。
(な、大切やねんで一服って、頭の体操にとって。ただポケーって吸っとるわけちゃうねん。少なくともおれは。)
まだ学生の頃、アルバイトの帰りに、週に何度か、同じ時間帯に同じコンビニに寄る習慣があった。
バイト帰りやから22時半くらいやったんかな、いつもそこで一服してから帰ってた。懐かしい。
そういう思い出の場所ができるきっかけになるのも、人生において一服というか、遊びとか余裕を大事にするほうがいい理由の1つやと思うで。
そういう部類のものっていうのは極論、どう考えても生きていく上で絶対条件ではないものやけど、みんなが揃って通る道ではないからこそ、そういう部分で個性や凝りっていうのは出てくる。カフェオレもそうやん。
おれが音楽を狂おしく好きなのだって、きっと他の人にとっては人生に絶対的に必要なものではないんやと思う(おれはもはやそんな客観的に音楽を見れないから「思う」って書いてるが)けど、おれはそんな存在のために、他の人にとっても絶対的に要ると納得してくれるであろう「金」を稼いでる。
だからそんな行為は他の人みんなに理解される価値観ではない。「無駄使い」って言う奴がいるのも当然よ。
でもやからこそ、その無駄がおれの個性の一部になる。
人が楽しめない無駄を楽しめるっていうのは美徳やと思うで。
また話が逸れたな。
そのバイト帰りのコンビニで一服してたら、毎回じゃないけど、たまに、3回に1回くらいかな、おじさんがどこからともなく歩いてやってくんねん。
そのおじさんはさっきのとはちょっと趣が違って、小綺麗な服装って感じじゃない。まぁ夜遅いこともあるしそんなに目立つこともないが。
おじさんの外見でいちばん際立ってたのは、掛けてるメガネやった。
ものっすごい分厚いレンズしてんのよ。瓶底メガネとはこのこと、て感じのやつ。
だから今おじさんの見た目を思い出そうとしても、ほぼほぼそのメガネくらいしかはっきり覚えてないんよね。
ただ毎回の行動は鮮明に覚えてる。
おじさんは現れると、そのままコンビニ前のゴミ箱に歩み寄ってって、ペットボトル用のゴミ箱の中をチェックするんよ。
そんで、中身がまだ入ってるペットボトルを見つけると、見えにくい時はラベルを剥がしたりしながら、ちょっと振ったり、フタを開けてみたり、おじさん特有の判断基準で観察して、それに合格したやつを持って帰んねん。毎回決まって。
たまにそのコンビニの近所にある別のコンビニで一服することもあったけど、その場所でも同じおじさんがやって来て、まったく同じ行動してるの見たときは笑ったな。
逆におれがいつものコンビニにいるんかと錯覚しかけたもん。
きっと近辺のコンビニがナワバリになってたんでしょう。
その、おじさん特有の判断基準っていうのが、おれも長年同じバイトをしてたからそれと同じ長い期間彼を観察してきたんやけど、結局最後までおれにはわからなかった。
飲み物の残量が多ければ多いほどいい、てことじゃないのよ。比べた結果少ないほうを持って帰ったのも見たことある。
好きな味、嫌いな味がある感じでもない。様々なメーカー、様々な飲料がまんべんなく彼の厳しいチェックに対して合格実績があった。
おじさんにとっての選定基準を観察から推理するのを諦めたおれは、バイト生活の途中からは「おじさんが集めた飲み残しを何に使うのか」を一服中のテーマに変更した。
それはちょうど、卒論のテーマを決定した頃だったかしら。
ほらみろ、人生はこんなにもリンクする。
おれは、おじさんがその飲料を飲むために集めてるっていう線はまず無い、と考えた。
そうだとすれば回収する飲み物は残量が多いものを優先に選びそうなものなのに、先ほども書いたようにそういうことでもなかったから。
第一、人を見た目で判断するのも良くないが、そこまで飲むものに困ってるおじさんにも見えなかったし。
困ってるなら、何軒もコンビニはしごなんてせず、1、2本見つけたらそのまま帰っても良さそうなもの。おじさんが回収するペットボトルの量は日でまちまちだった気がする。
要するに、飲み物の成果の多少に応じてそのおじさんの厳しい選定基準が揺らぐことは一度もなかった。
何というコンプラ遵守。見習えよ世間。
そっちの線が消えることを考えてるうちに、おれはおじさんが、飲むために限らず「日々の暮らしでの消費のために」ゴミ箱に残った飲料を集めているわけでは無いのではないか、と考え始めた。
だって、短い期間で使い切るような目的で集めてるのであれば、成果がないときはどっかで妥協点を作ってでも回収しないと達成できなくなってしまうでしょう。
でも、おじさんはそれをしなかった。おれが見るかぎり、どんなペットボトルに対しても同じような検査を遂行してた。
つまり、飲む用途の他に真実の用途があるにしても、その使い方は回収した当日やその次の日にそれを使い切るような短期的なものではなく、「一定量が貯まるまで回収を続ける」、というような長期的計画なのでは無いか、と。
そういう計画なのであれば、おじさんが回収量に焦ることなくチェックを行ってた理由になる。「なぁに、きょうボウズ(※釣り用語で、まったく釣れないこと)に終わっても今度来たときあればええか。質の良いのを集めて量にしなきゃ意味が無いもんな。」ってな感じで。
ここまで考えてくると、その用途の推測がぼちぼち形になってくる。
おじさんは厳しいチェックを通して、「質の良い」飲料を、ある程度「大容量」集めてきたのである。
おれがバイト帰りの夜に一服してたのは数年間、それも週に限られた曜日だけ。
その間だけでもおじさんはかなりの頻度でペットボトルの飲み残しを集め続けた。
バイトも大学生活も終わる頃になってようやく、おれは今まで考えてなかった可能性に気づき、怯えた。
「もしかしてこのおじさん、他の場所、他の時間、他の曜日、いやもっと言うと他の年代でもコレやってきたんちゃう…?」
人間はどうしても自分が経験したことだけが世界の理やと勘違いしてしまう節がある。
自分がそこにいないときだって、その場所には自分と同じ長さの時間が流れ、自分の知らない人間が自分の知らないことをしてる。
自分にとっては優しくて清楚で、自分にゾッコンな彼女やと信じてたって、自分に会わない夜は…
またまた話が逸れた。
そう、おじさんはおれが思ってるよりもっと長い時間をかけて飲み残しを集めてる可能性だって往々にしてある。というかそう考える方が自然。
バイト帰りにおれが一服してる時間に、たまたまおじさんが現れただけで、本当はおじさんは毎日そのコンビニに来てたっておかしくないじゃないか。
そうなると、おじさんがこれまで根気よく回収してきた「質の良い」飲料は、いったいどんくらい貯まっとるんやろう…?
リットル?キロリットル?ガロン?…?
少し怖くすらなったおれは、コンビニ前での一服中どころか、そこからバイクに乗って家に帰る間もそのことを考えるようになった。
そして、結果的には最後におじさんを見かけた夜かな、お世話になったバイトも辞める夜、おれは感慨深くおじさんを観察した覚えがある。
不思議なもので、これだけ見慣れてきたおじさんも、改めて意識をすると、結局最後に印象に残ったのは、いちばん最初に見かけたときに感じたメガネのレンズの分厚さ…
そう、博士みたいな瓶底メガネ…
…博士みたい!!!?
あれ、このおじさん、何かの博士なんじゃないか?
あの検査の時の厳正な眼といい…
そうだ、そうに違いない。
何らかの事情で隠れて研究をせざるを得なくて、そんな限られた環境のなかで確保できる材料が、きっと飲み残しのペットボトルに含まれてるんや。
これはきっと偉大な研究のエピソードゼロ。
おれは間抜けにもそんな光景を目撃していたのに気づいてさえもいなかった。
これが文系の悲しき無能さか…
それにしても一体何の研究を?発明かな?
研究…
発明…
博士…
ゴミ箱…
材料…
うん…?…燃料?
……デロリアン???!!!!!
「デロリアン」がごみ燃料で走った!リサイクル技術で日本は資源大国になれるか
2015年10月21日、リサイクル燃料で走る車「デロリアン」がお台場を走り抜けた。1985年公開の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で描かれていた30年後の未来の一つ「ごみで車が走る」を実現した瞬間だった。
https://next.rikunabi.com/journal/20151207/
(↑まさにおれが大学卒業する年のニュース)
なんか最近デロリアン的なクルマのニュースがあったよな…
でもあれはたぶんこのおじさんじゃなかった。
もっと、申し訳ないけどなんか小綺麗と言うか…
そうか、わかった!!!!!
あのニュースは所詮クルマがゴミで走っただけ。
このおじさんが研究してるのは本当のデロリアン…
ゴミで走って時間も移動できる“TIME MACHINE”や!!!
あれ以来、あのコンビニには何度か立ち寄ったことがある。
でもあのおじさんを見かけたことは無い。
たまたまかな。
今でも22時半ごろ行けばいるんだろうか。
それとももう現代にはいないんやろうか。



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