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淡路島を自転車で一周した話

執筆者の写真: bunkeiedison
bunkeiedison
2022年4月30日
読了時間: 26分

更新日:2022年5月10日




自転車に特別思い入れのあるタチではない。


子供の頃に自転車に乗れるようになったのも人並みのタイミングやったし、サイクリングが趣味やと人に言ったことなんて一度もない。


ただ、今までの暮らしのいろんな要素が絡み合って、結果的に今回「自転車でどっか行きてぇなあ」と思うようになったってだけ。


その、思い当たる要素ってのをいくつか順を追って挙げてみるか。


まず今愛用してる自転車のこと。

FUJIというメーカーの、バラッドRっていう自転車。

ハンドルがクイッと曲がった、いわゆる「ロードバイク」っていうタイプの自転車に、一応数えられる。

買ったのは2017年の夏のこと。

社会人になって働きだして、夏のボーナスが初めてまともに出たタイミングやと思われる。

そう考えると遥か昔のことに感じる。

いろいろあったしな。


大して丁寧に乗ってはこなかったものの、おれにとってはこの自転車こそ、いま自分の身の回りに置いてる物のなかでは最古の「自分が働いて稼いだお金で買った」感のある品物なんよな。ある程度の額のする物として。


そんで、ここ1〜2年での話、今まで盛んに乗ることのなかったこの自転車が、おれの生活のなかでにわかに活躍するような状況になった。


初めは普段の通勤手段として。電車賃やガソリン代の節約はもちろん、このご時世でいっそう家から出てこなくなったおれの運動不足解消をも目論んで、職場までの片道6〜7キロをこの自転車で通うようになった。

小高い山のてっぺん付近にあるこの家からの通勤、とくに帰りの上り坂は、貧弱なおれにいたくこたえた。

カッコいい見た目の自転車に跨ってるわりにゼーゼー息を切らしながら情けなく押し歩きで家に帰ってくる隣人に、ご近所さんは困惑の眼差しを向けた。


なんとか足を着かずに職場から家まで帰宅できるようになってしばらく経った去年の初夏あたりに、おれはここら近辺の街でもフードデリバリーのサービスが展開し始めたことを知った。

通勤によって自転車での体力に自信が付き始めた貧乏人はこれ幸いと、人生経験も兼ねてフード配達員に登録することになる。


20代の終わりが近づくにつれて、おれのなかでは「30代になったらきっと手を出さないような、今まで体験してこなかったジャンルのことを今のうちにやってみよう」っていう機運が出来上がってたんよな。

そういうチャレンジに必要になるちょっとした資本金も、この配達員っていう新たな体験で稼げたら一石二鳥やん!と思ったのもきっかけやった。

おかげでいろいろと始められたよ。文通、フィルムカメラ、競馬、競輪、競艇…。


ともあれ、そうして自転車に乗る機会がここに来て急増したことで、もともとモノいじりの好きなおれは自転車の整備にも自然と関心が向き、気づけば初心者のためのロードバイクメンテナンスみたいな教本も買っていろいろと自分のチャリの面倒を見るようになった。

週末に暇があれば運動ついでにこなしてた配達も、調子の良いときは30〜40キロくらいの距離を知らず知らずのうちに走るようになってた。


こういうような背景もあって、「20代のうちに自転車を使って何かをしでかしときたい!」という気持ちが生まれることになる。

その気持ちが、上に挙げてきてようないろいろの要素と絡んで具体的なテーマに昇華したのが、「自転車に乗ってフード配達で稼いだ金で淡路島一周」という今回の旅。

淡路島を一周するだけでも150キロという自分には体験したことのない長距離サイクリングやったけど、「社会人なりたてで得たボーナスで買った自転車に乗ってこの旅の資金を文字通り汗水垂らして稼ぐ」っていう、20代での社会人生活を象徴的に締めくくるような挑戦も合わせてしたくなったんよ。


ここからは全行程3日間、それぞれに分けて記憶を振り返る。


帰ってきて2日はとてつもない筋肉痛に見舞われ、次の2日はワクチンの接種で布団に寝込み、気づいたらゴールデンウィークが始まっとった。

あんなにやりがいあったんだもの、覚えてるうちに覚えてることを全部書く。




【4月22日】晴れ


8:30に家を発つ。

まずは淡路島へのフェリーが出てる明石までの約60キロ、12時あたりに到着するのが目標。


持ち物は3つの袋に分散して入れている。

まずリュック、そして腰袋、そんで忘れちゃいけないクソデカ配達バッグ。


リュックには最低限の着替えにお泊り用品、それに道中のちょっとしたおやつ。

腰袋には財布、手ぬぐい、配達の釣り銭用小銭ケース。

配達バッグにはフードの緩衝材用のタオル数枚、バッグ用のレインカバー、予備の上着。


配達しながら旅するなんて思いつかなければこんなバカみたいな装備しなくて良かったのにとも思いつつ、このデカバッグはおれの自転車に取り付けてる後ろカゴにジャストフィットするもんで、あればあるで実は収まりが良いんよね。重いことに変わりはないが。


服装は、普段の自転車通勤や配達に使ってる、夏用の上下。オールワークマン。

パンツや靴下はもちろん、ズボンとかも邪魔であれば最悪捨ててくことを想定してる。

たぶん終盤はちょっとした重さも辛くなってるはずやと思う。


天気は暑すぎるほどの晴れ。

今日明日とこの天気で、最終日はどうやら昼間に雨が降ってしまいそうな予報。

ここんとこ数日間、天気予報とは嫌というほどにらめっこしてきた。

本当は1日早い日程で企画してたのにすんでのところで今日の出発にずらしたおかげで、昨日の大雨の中出発するハメにはならんかったけど、最後に雨が降るのも出来れば避けたかった。


配達しながら淡路島一周、なんて言っても淡路島自体ではフードデリバリーは提供されてない(出発の直前に気づいた)んで、稼げるタイミングは島の外にいるとき、つまり今日の昼間か2日めの夜、そんで最終日。

いちばん気兼ねなく動ける最終日が雨やと肉体的にも精神的にもキツそうや。

まあ、雨の日のほうが注文も報酬も多くなりそうではあるけどもな…。

体験したこともない長距離のサイクリングに挑む初日のおれの頭のなかではやっぱり、どんな甘みよりもまずは負担の少ない環境で最終日を迎えられるほうが嬉しい。

ぶら下げられたニンジンの数が増えようが、馬自体がこれ以上走れない状態やったらてんで意味がないでしょうよ。


明石までの道中は馴染みのある風景がところどころで現れる。西宮あたりまでは配達でも気づけば連れてこられてたことがあったし、神戸の海岸沿いもいろいろとこれまで遊びにやって来た。魚崎の酒蔵通りの看板が見える。このへんも白鶴の酒蔵開放のイベントで大学の頃からよう来たな…。


思えば今回の旅は、淡路島も含めていずれも訪ねたことはある地域ではある。

ただ、これらを自転車で旅すると、それぞれ別個やった思い出が、リアルな地形関係として、線で繋がる感じがするんよな。


これは歩きやとどうしても広範囲には移動できんし、電車やと出発地と到着地の両端(あとはせいぜい乗換え地点か)しか目立たんし、車やバイクやと思い出してるうちに次の地域に移っちゃいそうやし…。

自分の足で実感を持って進む自転車の旅にこそ、なせるワザなのかもしれんな。


予定通り、12時をちょっと過ぎて明石駅近辺に到着。

60キロ弱、この時点ですでに1日の走行距離の自己ベストは更新しちゃっとるけど、感覚的にはまだまだ余裕たっぷり。

まあこの日を迎えるにあたってしばらく自転車乗ってなかったからね、体力は温存されてますわ。

今日淡路島で泊まる宿のチェックインから逆算すると、ここをフェリー発つのは15時半がベスト。ということで時間はじゅうぶんにある。


日陰でしばし休憩して、ランチの時間帯でもあるしちょっと配達受けてみよかと決心する。

明石の地形に不慣れやけども多少の坂ならまだ挫けんよ。

今日は金曜日の平日、とはいえ駅前もなかなか栄えてるし数件は注文入るはず。


…しかし、これがなかなか入らない。

うちの地元の平日でもうろちょろしてたら10分待たずして注文を受けることが多い。

それは窓口業務で働いてる人であったり、小っちゃい子の面倒を見てるお母さんであったり…。


最終日が雨なら今日と明日の明石にいる間が頑張り時かと思ってたけど、なかなか幸先よくいかんな。

と思いながら注文を待って、やっと携帯が鳴ったのは13時を過ぎたころやった。

案の定、ファストフード店の、子連れを思わせるメニュー内容。お母さんはお疲れ様やなぁ。

結局、この1件がおれがこの日受けた唯一の注文やった。


明石駅に戻り、あらかじめ場所を調べておいたコインロッカーに配達バッグをぶち込む。

中サイズのロッカーにピッタリ入った。明日回収するなら2日間で800円。

まあデリバリーサービスのない淡路島で配達バッグを担いで自転車に乗る恥を思えば安いもんよ。


フェリーの時間まで昼食兼休憩。松のやでバカカロリー高そうなチキンカツ定食、790円。

とにかく体力が要ると思ってこの旅の間はこんなもんばっかり食うことに決めていた。ご飯なんか大盛りにしちゃってさ。

そういえば、船に乗る直前に自販機でお茶買ったら当たりで2本ゲットできた。


フェリーの港は駅からすぐ近く。

自転車は運賃と追加を払えば載せて運んでくれるシステム。合わせて片道770円。

船の中に小っちゃい駐輪場みたいなスペースがあって、そこにゴム紐でチャリを括りつけてくれる。

船旅はわずか10分ほどでごくあっさりと淡路島は岩屋港に上陸。


淡路島一周はここから時計回りに行う。

そのほうが左車線を走ることを思えば海により近いのだ。

より外周を走る分、走行距離は反対回りより長いかもしれんけど。


ひとまずの目的地は泊まる民宿、ではなく、そこより6キロほど手前の銭湯。

暑さもあってとにかく汗かきまくっとったのはもちろん、何より宿は素泊まりなもんでその辺りにあるコンビニで飯を買わなきゃ今夜と明朝に食うもんがないのだ。

てなわけで銭湯まで32キロほど、さっぱりひとっ風呂を夢見て走る。


淡路島一周は「アワイチ」と呼ばれて自転車好きにはメジャーなコースらしい。

現に島の外周に沿った道路には「アワイチ」やったり「岩屋から〇〇キロ」みたいな標識がときどき立ってた。

だもんで、サイクリングが推奨されとるだけあって、極めて走りやすい。

初日は平日で車も少なかったというのもあるけど、そもそも道路の作りとして信号も少ないし、舗装の粗い路面もないし、何より神戸辺りでたびたび食らった陸橋地獄もない。


海の間際を自転車で走った経験のないおれは頻繁に写真を撮って、結局宿のチェックインを電話で30分ほど遅らした。


洲本にある銭湯へは17時半ごろ着。

ほんとうに昔ながらの番頭さんセンターに君臨スタイル、タオルレンタル追加で550円。

こじんまりやけどお客も少ない。結局風呂の快適さは密度で決まるのだ。

完全にタイミングの合った他のお客さんは学生さんみたいな若いお兄ちゃん1人だけ。

風呂から出るとテレビで福知山線脱線事故にまつわるニュースをやっていた。

番頭のおばあちゃんと若いお兄ちゃんとおれ、しばしテレビを見つめる。

もう17年前のことか。あのときおれ何歳や?12歳か。ということは中学入りたてで、まだ電車で学校通ってて、…。

そんなふうな自問自答、これからも毎年していくんやろうな、いろんなニュースで、30代なっても。


銭湯から出ると、一足先に着替えの済んでた若いお兄ちゃんが原付にまたがろうとしてた。

あれ、そんな歳の子やったんや…。中高生くらいか思てた…。

「自分より若い子」の感覚はこれからどんどん変わっていくんかなぁ。

まあ、免許的にはあのお兄ちゃんかて実際に中高生くらいでもあり得んことはないし…。


風呂上がり、宿までの6キロのサイクリング、めちゃめちゃに気持ちよかったよ。

陽が沈んでまだ適度に気温は残りつつペダル踏むことで潮風を感じれる環境、リフレッシュした身体、もうじき休めるっていう安心感。

今でも思い出すとちょっとふわふわしちゃう。それほどに快適やった。

うまく説明できんけど、もし銭湯から宿がすぐそこで、自転車に乗らずそのまま寝れてても、あれほど気持ちよくはならんかったと思うのよ。

言ったとおり、環境・身体・精神、すべてがかけ合わさっておれを満たしてたね。


ファミマで晩飯と朝飯と酒と飲み物を買って(1,761円)、19時半に洲本と由良の中間あたりにある民宿に到着。親切に自転車を玄関の中に入れてくれた。

トイレと風呂別の、純粋なる客室。ただし予定より広い部屋を取ってくれとる。

最高やんけ。素泊まり4,100円。

本来は夕飯付きで泊まればとんでもなく豪華なごちそうでもてなされるんやろうなぁ、と思う。

ただこんな旅やし、おれは究極を言えば布団の敷いてある部分の畳さえあれば他に何も要らんよ。

飯食ってスミノフ飲んで、珍しく快勝した阪神の試合を見届けて布団に入る。

明日の行程を練ってすぐに寝た。

おそらく就寝は22時前。




【4月23日】晴れ


6:15に目を覚ます。


何よりもまず確認したのはやはり天気予報。

そんでビックリ、なんと明日の明石市から雨マークが消え去っておるではないか!

これは勝機が見えてきたかもしれん。

一晩明けてみてふくらはぎはやや痛んでるけど、好条件下なら十二分にやり遂げれる、という気になる。

買っておいた飯を食ったりなどして、宿を出たのは目覚めたちょうど1時間後くらい。


本日の目下の目的地も、やはり風呂に設定した。

13時前に75キロほど先の都志という地区にある温泉施設に到着見込み。

おそらくこの区間がこの旅でもっとも苦しい行程になる。

距離もさることながら、淡路島の南側には山道が集中しておって、いろいろと調べた前評判でも口を揃えてここが難関と叫ばれていた。

前日の民宿を選んだのも、この区間に満キンのスタミナで挑むために最適な位置に立地してたところによる。

8時間以上熟睡した万全の事前準備と、目的地が温泉というわしにとっての最大のニンジン、これで越えれない峠ならいつ挑んでも越えれんわ。


作戦通り気温の上がりきらないうちに険しい坂道が集中するらしいエリアに着いた。

いつも家の近所の山を上るときみたいに、バカみたいにギアを軽くしてのっそのっそ進む。

土日に入ったからか、昨日はほとんど見なかった他の自転車乗りに途中、時たま挨拶されながら抜かされた。こっちが誰かを抜くことは皆無やった。

それでも上り下りを繰り返し、ちょっと良い景色になったら写真を撮ってまた進み、を果てしなく繰り返しとったら、いつの間にか試練のエリアは終わりを迎えてた。


決してしんどくなかった訳じゃないんよ。終始地獄みたいな息づかいしてたし。

ただ、覚悟してたような、チャリを押し歩いてしか進めなくなったりするような事態に至るほどではなかった。


坂道地帯を過ぎて温泉まで走ってる途中に思ったんやけど、やっぱり日常生活で家に帰るために結構な上り坂食らってるから、知らんうちに鍛えられてたんじゃなかろうか。

多分、たくさんの距離を走ることに慣れてる人でも勾配に慣れてなければ南あわじの坂は辛いんやろうと思う。

逆もしかりでさ、長距離なんて走ったことないおれにとってはこの区画の勾配だけが唯一普段から慣れてる環境やったわけよ。

上ってても何となく「しんどいなぁ、でもこれ立ち止まったらもっとキツいやつや」とか、ちゃんとわかってたもん。


もうひとつこの区間で気づいたのは、自転車での旅は「匂いの変化」に敏感に気づける旅であるってこと。


淡路島に入ってここまではほとんどが海岸近くの潮の香りと共に走ってたけど、南あわじではそれが急に山道になって、山を下れば玉葱畑が広がってて、そんでまた漁港があって、と表情豊かに風景が変わっていった。

それはもちろん視覚的にも捉えられる変化やけども、自転車やとそれがいい感じに嗅覚もくすぐってくるんよな。

アップダウンが繰り返されてるときは、視界の情報より鼻のセンサーのほうが変化に敏感なことすらあったかも。

木の匂いやネギの匂い、はたまた魚介のギュンとくる臭い、畑で焚べてる煙の臭い…。

やっぱり普段頻繁に使わんからか、嗅覚で感じた記憶のほうがこの区間を振り返ったときにパッと浮かぶ気がする。


初日の記録に自転車やからこそ思い出の地点が線で繋がるみたいなことを書いたけども、それと同じようにこれも自転車特有の強みやと思うのよ。

歩きでは徐行過ぎて変化を感じ取れず、ランニングやと匂いを感じるような呼吸ができず、車やバイクやと速すぎたり、あるいは空気を直に嗅げなかったり…。


そんなことを思いつつ自転車を進めて、12時半に温泉に到着。

何だかんだこの温泉の立地が案外山の上やって、最後の最後に想定外の急な登坂があったのがしんどかったね。半ギレで上った。


土曜ではあったものの、そこまで人はおらず。

まずはシンプル極まりない食堂で昼を食う。この佇まい、安めの値段設定が大食らいの貧乏化け物には助かる。

カツ丼と唐揚げうどんで1,200円。お風呂代はレンタルタオルとかも合わせて1,000円やったかしら。


天然温泉らしいが、泉質の濃さはさすがにうちの近所のほうが圧勝ですな。

落ち着いた泉質と言えばこれで良かったのかもしれんね。こんなときに強烈なもんに浸かっても回復の調子狂っちゃうよ。

前日100キロ走ったうえにこの日も朝からえげつない坂道ありの70キロ、いくらなんでも身体にこたえないわけがない。

いつもは苦手としてる電気風呂にも浸かったりしながら、傷んでる筋肉の様子を見る。


これまた今回の旅で初めての体験となったことのひとつとして、自分の身体の疲労とか異変にすごく敏感に付き合えたと思うんよね。

これはひょっとすると学生時代にしっかり体育会系の部活に励んできたような人からすると当たり前のことなのかもしれんけど、30年近くヒョロヒョロ運動音痴野郎を続けてきた自分にとっては、結構新鮮なことやった。

好きなもので例えると分かりやすいんやけど、車やバイクのクラッチの具合とかステアリングの軽さとか、ギターなら弦の劣化具合とかでも良いけど、そういうものって使い慣れると感覚でいつも通りとの違いに気づくもんやん。

それが自分の身体に対しても結構的確に掴めたのは、おれにとってはこの旅が今までの人生で最大やったのよ。

もちろん今まで身体に異変が起きたことがない、とか言う話じゃなくって。

「こういう動きをし続けた」から「今ここの部分がすり減ってんやろうなぁ」、みたいな因果関係の掴める身体の使い方をしたのが新鮮や、てこと。


具体的に言えばこのときは朝の段階まで感じてたふくらはぎの痛みはそこまで目立たなくなってて、アキレス腱の辺りが腫れてきてて、つま先を上げ下げすると特に痛む状態やった。

でもそれはお昼にここに着いて自転車を降りてから気づくようになったことで、風呂の中での自分の推理では、アキレス腱の伸び具合が「自転車を漕ぐのに最適な形」で固まっちゃってんでは?と考えたんよね。

そんで自転車のサドルの高さがちょっと長距離漕ぐ分には高すぎたんじゃなかろうか、と気づいて、風呂上がってからは少し低めにして乗るようにした。

そのままのサドル高ではつま先立ち気味やった感覚があって、それでアキレス腱に負担が行ったんじゃ?みたいな。

それが医学的に合ってようが間違ってようが、重要なのはそういう冷静な分析をおれが自分の身体に対してやったことなんよな、機械や木材に対してじゃなく。

これは30代以降、おれの身体が劣化していくにつれて大事な感覚なのかもしれない。


さて、この温泉の休憩処はコロナ対策で閉鎖されてたものの、近所にコインランドリーがあったので、そこで洗濯をしつつ一服することにした。800円。

この日も想像以上の陽射しと暑さ。着替えは常に余裕があったほうが良い。

乾燥待ちの間、天気予報を覗くと明日の明石市に雨マークが帰ってきていることに気づく。

激坂区間が終わった安心感と足の痛みの危機感で釣り合ってたシーソーに、天気の野郎が割り込んで来やがった。


16時頃、ランドリーから岩屋港への淡路島一周ラストの区画、約35キロを進み始める。

ここはもう目立つような急勾配もなく、ひたすら海沿いを確実に走るのみ。

じっくり進んでたからかここでも他の自転車乗りにたくさん抜かされた。


この旅以前からもたまにすれ違うサイクリング愛好者の様子を見てて薄々勘付いとったけども、アワイチなんて言うしっかりしたコースを走る人らを目にして確信したことがある。

おれの自転車は「ロードバイク」であって「ロードバイク」じゃない!


おれもメンテナンス本を読み始めて明確に違いを知ったけど、彼らガチ勢の乗るロードバイクはおれのバラッドRよりもっとモダンな作りをしとる。

フレームはクロモリとかいう重たい鉄じゃなくてたいていカーボンでできとるし、シフトレバーやっておれのみたいにフレームにくっついてて変速のたびに片手を離さないかん設計じゃなくて、ちゃんとハンドルに備え付けられとる。

5年前のおれが「ヴィンテージっぽくてカッコいい!」で選んだこの自転車は、ドロップハンドルが付いとるという意味のみで見ると確かにロードバイクやけど、その前には「街乗り」とか「クラシック」とかいう枕が要るのだった。

まあ「ヴィンテージっぽくてカッコいい!」に変わりはないので今も好きではあるけどね。良い感じに色褪せてきたし。


あとは自転車の作りの違いだけでなくて、彼らは装備品や服装からしておれのケースとは違うらしかった。

奴らの自転車には後ろカゴも付いてないのに、せいぜいスリムなリュックくらいのもんで、誰一人でっかい荷物を背負ってたりしない。

ついでに言うとみんなピチピチのサイクルジャージで、ペダルに「カチッ」て固定できるシューズを履いとる。

おれと彼らとの共通点はマジでヘルメットぐらいやったと思う。

そうか、おれの乗ったフェリーでは行きも帰りも自転車を積んでもらっとった人がおれ以外いなかったことを考えても、ほとんどの自転車乗りが車で淡路島に来とるんじゃなかろうか。


ロードバイク本体にしろアクセサリーにしろ、こだわり出すとてっぺんは見えんなぁ。

自転車って金持ちの道楽なのかしら。道理で礼儀正しい人が多かったわ。

お金に余裕がある人って、優しい人が多いもの。


そんなこんなで、18時前にはフェリー乗り場に着いてたけども、休憩を兼ねて40分発のフェリーまで待った。

退く汗に身体を冷やしつつも、一周を無事終わらせたことにちょっと感慨。


けど、これはあくまでこの旅のオモテ面の目的。

明石に戻ればロッカーであのクソデカ配達バッグがおれを待っている。

明日は雨降りの可能性大、好条件はまさに今、土曜日の夜の明石−神戸間。

ちょっとくらいなら体力はまだあるか?明日に引きずらんか?

会得したての身体との相談に没頭してたら、フェリーはあっという間に明石に着いた。

ちなみに船中で午後に終わった武雄競輪の競走映像をチェックしてたら、佐賀はもう雨が降っとった様子。どうすっかなぁ。

あ、フェリーは復路も770円。


ロッカーに入れてた配達バッグと30時間ぶりに再会。

そのまま自転車に再度またがる。


ひとまず今夜も注文を受けることにした。

ただし、配達することで進路が極端に西に逆行してしまうようなら控えること。

要するに、「注文を受けつつ家の方向へ帰っていき、キリが良いところで付近にあるネットカフェで今日はお開きにする」作戦に決めた。


19:20頃、明石駅を東に向かって出発。

ちょっと遅くなったけどディナータイムにはじゅうぶん間に合っとるはず。


注文が鳴らない。

ごくあっさりと明石市を出て神戸市垂水区に入る。


そして垂水区で携帯が鳴った。さすが神戸や。

回転寿司店。店までもお客さんまでも、そこまで遠い距離じゃない。

と、思ったまでは良かった。


なぜおれは初日の往路で大都会神戸を通ったのに、あえて明石まで行ってから注文を待つという、好漁場をみすみす逃すようなことをしたのか?

その明確な理由をすっかり忘れるほどに、今思うとあのときのおれは疲れとった。


シンプルに坂が多いのよ。これに尽きる。

勾配のない地区同士を結ぶ配達なら天国かもしれんが、尾根の違う隣町とか、海岸沿いのお洒落カフェから六甲沿いのマンションまでとかの配達を引いた場合、同じ距離でも中身には雲泥の差がある。

それが証拠に神戸を拠点に本気で配達員やってる人のほとんどは原付で稼働してるんじゃなかろうかと思うよ。


そんで、先の注文はどちらかと言うと地獄寄りの標高差やった。

坂の上の寿司屋へ虫の息を切らしながらペダル踏んで、そこから坂のふもとのお家まで、下りは下りで冷える汗に体力を奪われながら走る。


名誉のために言うと、日常であればそこまでの苦行ではない道のりやったはずなんよ。

ただこの日のこの時間は、おれが人生でいちばん長く自転車に乗ったまさにその夜。

神戸の坂、たった1件の注文で、この旅で初めて、おれの心がポキンと折れた。

それでも、仕事やから当然とは言え、あの寿司屋までの上り坂で足を止めんかった自分は偉いと思う。


無事配達を終えて、人気のないところでしばらく呆然と立ち尽くす。安易に座るのもケツや足が痛む。

息が整ったら、今夜の目標は自ずとしっかり決まってた。

「もう今日は絶対に注文は受けない、その代わり明日の雨降りに備えて今夜中に神戸を出て西宮まで帰る」作戦。

その地点から西宮のネカフェまで約35キロ。

この35キロは淡路島の35キロとは難易度が違う。

信号も車も陸橋も段差もある。

20:40頃、再度出発。


覚悟はしたものの、これがやっぱキツかったなぁ。

夜も更けていくし、足は痛いし手は痺れてるし、車は多くて神経使うし、明日が雨やと分かっていながらのトボトボ帰り道やし。

この日の朝から南あわじを上った75キロ、体感ではあれと匹敵するくらいの消耗。

そして、あれにはあってこれにはないのが「楽しさ」「気持ちよさ」。

この2つの欠けた痛みや苦しみは、SMクラブでもご法度よ。

リュックに入れてたおやつの残りを食いつつ空腹をごまかす。


ネカフェに着いたのは23:30。

昨日ならとっくのとっくに寝とる時間や。

マッサージチェアの席がちょうど空いたらしい。

荷物を置いてシャワールームを見に行けば、案の定満室やった。


ひとまずマッサージ受けまくり、ネカフェ特有のバカみたいなトルコライスをヤケ食い。

気を失いかけて、持ち直してシャワーを浴びる。

席に戻って、寝落ちするまで永久に15分単位のマッサージを受け続けることにした。

ものの2,3回で無事熟睡。

おそらく就寝時刻は明けて2:30頃かな。




【4月24日】雨


マッサージチェアの背中をしきりにトントントントントントントントン叩く音で目が覚める。

スタッフのお兄さんでした。


マッサージシートの予約が入ったから、席を移動してほしいらしい。

そそくさと荷物をまとめる。

6:30くらいのことやったっけな。どんくらい起こされてたんやろ…。


フルフラットのシートに移動。

マッサージチェアを堪能しつつ、良きところでしっかり横になれる席にチェンジ、この流れ、読みどおりや。

自力では絶対起きてこれんからこの形でしか実現できんと思ってたんや。助かったぜ。

またしても、ものの数秒で再就寝。


次に起きたのは9:30くらいかな。

朝食サービスのトーストを取りに行きつつ、窓の外を覗くと雨が降ってる。

これを見越して西宮まで帰ってきたんや、もはや降ってな困るで。

ここから家までは、まっすぐ帰れば15キロ。

懸命のマッサージも功を奏さず身体の傷みは残るものの、ただ帰るだけなら雨の中でもどうと言う距離ではない。


ただこの日は目が覚めると、身体と相談する前から、きのう一回折れたはずの心が案外ストイックやった。

こんなもんでまっすぐ帰って、面白くなるわけないやん!ていう気になってた。

初日も2日目もたった1回ずつしか配達してない時点で、当初安易に考えてたような「この旅の経費を丸々フード配達で稼ぐ」なんてアホな野望はとっくに絵空事やった。

けど、オモテ目的の淡路島一周があんなに晴天のなかお手本のようにすんなり成功したんやから、ウラ目的も必死こいて痛い目見るとこまではちゃんと最後まで見ようと思っちゃったんよね。


とは言え身体の疲れは正直で、ランチタイム頃まではゆっくりネカフェでくつろぐことにする。

出てきたのは11:45くらい、長居したので料金は夕飯合わせて4,290円。

民宿以上やん。


正午近くになっても雨模様は変わらず。

配達バッグにレインカバーを被せて、ハラ決めて出発。

作戦はシンプル、「家の方向を目指しつつ、納得するまで注文を受け続ける」。


すると、注文受付開始と同時に携帯が鳴った。

しかも偶然に1度きりじゃない。

配達1件終わらすごとに次の注文がやってくる。

この状態がひっきりなしに6件も続いた。

西宮から家を目指して帰るどころではなかった。


ただ、中には注文の途中キャンセルとか、配達先まで行ったところで突然のキャンセルとか、今までの短い配達員体験で味わったことのないイベントが発生したこともあり時間を食って、件数に見合うほどの報酬には至らんかった印象がある。

それでも雨の日配達ってことによるプラスには助けられたけども。


とにかく、結果としては6件目を終えたところで雨足が強くなってきて、高架下に逃げ込むように雨宿り。

その途中で「まあ、もう帰るか…」と無事に心が納得した。

それが16時前後のことじゃないかな。


その後は「何か起こるかもしれんから」と念のため(?)買っておいた競馬と競輪の結果を確認しながら雨宿りを続けて、武雄競輪の最終レースが終わった16:45頃、意を決して雨の止まないなか高架下から自分の家へ飛び出した。

その原動力は、ここまで走りきった!という充実感と、馬も競輪も肝心なときには当たらんな!というヤケクソ感。

それが両足にブーストをかけてた。


途中みじめなほどにズブ濡れになったものの、家が近づくほどに雨雲は消えて、お馴染みの急斜面を上る頃には服がもう一度乾き始めるぐらいやった。


家への到着は17:30頃。

意外にも、3日間300キロ走ったあとでも近所の坂は相変わらず足を着かずに上りきれた。

それがちょっと嬉しかった。


ラストスパート、雨の中を家まで帰る道中でポツリと頭に浮かんだのは、「汗水垂らす」っていう表現についてやった。


「汗水垂らして稼いだ金を…」とかって、よく聞くやん。

たいていこの表現のあとに来るのは「そんなもんのために使いやがって!」とか「ドブに捨てるようなことしやがって!」とかで、その労働によるお金が全くの無駄に帰してしまうことへの負の感情を表すことになるんよね。


でも本来「汗水垂らす」っていう言葉自体には、絶対に後ろに負のメッセージを繋げなあかん、なんて言うルールはないわけよ。


で、今回おれは、文字通り「汗水垂らして稼いだ金」を得て、それを淡路島一周のサイクリングという、これまた文字通り「汗水垂らして楽しむレジャー」の資金源にするって、これ以上ないほどシンプルな「汗水垂らして経済を回す」構図を体現したわけよ。

この図式にはさすがに他人の負の感情なんて付け入るスキがないんちゃうかな、と思うんよ。


逆に言うとやね、ここまでしないと「汗水垂らして稼いだ金」なんていう素敵な表現からマイナスの印象を切り離すことはできないんじゃないか、とも感じてしまった。

「汗水垂らして稼いだ金」をありがたく成仏させるには、「汗水垂らして何かを楽しむ」ことしか道はない。


働くという形でお金を貰ってる人なら誰にとっても、休日とかレジャーの過ごし方というのは、突き詰めれば今回のおれのケースみたいな図式で成り立ってるはずや。

酒を飲んでもパチンコ打っても風俗に通っても楽器を買ってもラーメン食っても煙草を吸っても衣服に凝っても喫茶店に行ってもスイーツにこだわってもスニーカーを集めても映画を観てもアイドルと握手をしてもどこかの国に寄付をしても、その資金源は「汗水垂らして稼いだ金」じゃなかろうか。

それで何をするかが多種多様なだけで。


その「何をするか」が変わるとたちまち、さっきドバっと挙げた例の中でも、ジャッジする人の価値観によって「汗水垂らして稼いだ金を何てことに…」と嘆かれかねない過ごし方が出てくる。

でも、全部突き詰めたら、おれの今回の旅と一緒のことなんやで、構造としては。


じゃあ、内容の差異に問われずに、誰からも負の感情を突きつけられないような過ごし方をするにはどうすれば良いか?


単純な話、どんな過ごし方をするにせよ「汗水垂らせば」ええねん。


何も文字通りの汗水じゃなくてもいい。いいけどもとにかく、文字通りの汗水に匹敵するくらいの「本気度」とか「切実さ」とかを持って、自分の好きなことをやってれば他人のネガティブは入ってこないんとちゃうか。

いや、入ってきたとしても、それが気にならんくらいに自分が没頭しとったらええやんけ。

寝付けないときはゴキブリの気配ですら嫌やけど、完全に熟睡してたら何匹その辺這ってようが関係ないもん。


汗水垂らして酒を飲んで、汗水垂らしてパチンコ打って、汗水垂らして風俗に通って、汗水垂らして楽器を弾いて、汗水垂らしてラーメン食って、汗水垂らして煙草を吸って、汗水垂らして衣服に凝って、汗水垂らして喫茶店に行って、汗水垂らしてスイーツ食って、汗水垂らしてスニーカーを集めて、汗水垂らして映画を観て、汗水垂らしてアイドルと握手をして、汗水垂らしてどこかの国に寄付をして。

ガチでやり通してるなら、どんな過ごし方をしてる人でもおれはわりと尊敬するよ。

他人を傷つけたりしなければ。


多くの人にとっては30代と言えば社会人になってしばらく経って、そのフィールドでの自分の戦力も周りに認められてきて、「汗水垂らして」金を稼ぐ実感に良くも悪くも慣れてくる頃なのかもしれん。

そんな世代にとって、自分の趣味とかレジャーの過ごし方は、「汗水垂らして」向き合うべきものであり続けてるんやろうか?


幸か不幸か、おれは社会人としてはズタボロのぺーぺーのままでその世代に突入しようとしておる。

そんなおれが今回、なおいっそう「汗水垂らす」ことの意味を考えるきっかけを見つけた。


もう好きなことへ注ぐ汗水は、じゅうぶん間に合っとるよ。

あとはもっと、お金を稼ぐほうの汗水、もうちょっとこう、滴りませんかね?




【収支】


支出(この記録内に出た金額の合計)

16,831円


収入(配達8件分の合計)

3,905円


補填率(収入/支出)

だいたい23%







 
 
 

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