絵を描くことと四則演算の話


たまには理系的な見地からものを言おうか。
絵を描くときの思考回路を、計算の四則で例えることができる。
①足し算的な絵は例えばこんなやつ。
建物やテーブルの上の物体を写実的に描いたものが、「写真のようにリアル」だとか、「対象を切り取ったアングルが素晴らしい」だかで芸術的に価値が見出されるようなもの。
人間が普段目にしてるモノに、スキルのある画家が描くという行為が足されて完成したものが、そのモノをただ眺めた場合よりも大きい感動を生むようなケース。
こういう絵は、描かれた内容が実物に何らかの細工をしてなくても、その対象をありのままにリアルに描いたことが価値に繋がってる。
「描く対象物」+「画家の描画スキル、切り取る画角のセンス」=「芸術的な絵」みたいな感じ。
よく「写真みたいやのに実は鉛筆1本で描かれた肖像画」とかで話題になるような絵がおれのイメージに近い。
あれさあ、たいていニュースに取り上げられても誰かが「写真みたいなんやったらカメラで良くね?」ってコメントするやん。
そういう奴は上の式でいう「画家のスキル」に価値を見出してないんやね。
それはもうそれでシャーナイよね。
②引き算的な絵は例えばこんなやつ。
描く対象物をありのままの配置で描写するのは足し算のケースと変わらないけど、画家がそれを描くときに、輪郭を省略したり、ある部分だけ意図的に描かなかったりすることで芸術性が生まれるようなもの。
これは日本人の心にはイメージしやすいんじゃないかなあと思う。
水墨画とかがそういう類。
絵に限らず言えば俳句とかも概念は似てる気がするんよな。なるたけ少ない言葉で対象を表す。
「描く対象物」ー「画家の眼で判断した描かなくても良い部分」=「芸術的な絵」みたいな。
その絵に欠けてるものを、その絵を見た者の側で補って捉えたり、想像したりすることでその絵の価値を鑑賞する。
③かけ算的な絵は例えばこんなやつ。
描く対象物を複数の場面や世界から選んできて、それをかけ合わせて同一のキャンバス内で表すことで、別々じゃ考えられなかった面白さを生み出すような絵。
魚が空を飛んでたり、人間の体内に車が走ってたりするような組み合わせの絵。
「対象物A」×「Aとは別ジャンルの対象物B」×「ABとは別ジャンルの背景C」=「なんでCみたいなとこにAがおんねん!Bも一緒やし!」ていう可笑しさ、て感じ。
④割り算的な絵は例えばこんなやつ。
日常の暮らしでよく体験するような事象や、多くの人が共感しそうな事柄を、平均化、抽象化して表したような絵。
標識の絵とか地図記号とか、そこらへんのジャンルのイラストが近いと思うねん。あとは企業のロゴマークとか。
女子トイレのマークが赤いスカートはいた棒人間みたいになってるような、極論言うとあんなケースやね。
「描く対象物」÷「人々それぞれが持つそいつのイメージ」=「平均化された実物よりも分かりやすい絵」、みたいな。
さてここで、今日の表紙絵を見直してみましょう。
上の絵はどんな式で表せるでしょうか?何算を使ってるかな?
おれ自身が振り返ってみるに、
「ビンスをスタナーするストーンコールド(※)」×「ヘリコプター」×「トイストーリーみたいな青空とトイストーリー風のロゴ」
っていうかけ算をメインにできてて、それぞれの項の中では、目を描かなかったり窓や雲を詳しく描かなかったりっていう引き算も行われているように思える。
さらに細かく言えば、ストーンコールドの着てるTシャツに描かれたロゴも、煙草吸ってるトラっていうかけ算の構図を割り算方式で形式化してできた図柄やね。
おれは絵を描くとき、①の足し算みたいな、画力で何とかする絵は技量的に描けないから、大抵②③④の手法の絵の組み合わせしかできない。
①を描ける人は本当に尊敬する。
友達にもそれに近いことができる、すっごいセンスあるやつがおるな。
別のページに置いてある、おれの過去の落書きも見てくれたら、おれが特にかけ算の発想に頼ってることが分かってもらえるだろうか。
この「かけ算」っていう考えは、おれは絵だけじゃなく自分のいろんな趣味で大切にしてることなんよな。
まあまた、かけ算オンリーについても詳しく書けたらいいな。
①と②③④には必要な画力以外にもう1つ区別できる点があって、②③④は「見る側の常識」に頼る部分がある。
写真のような繊細で緻密な絵を描けば、ほとんど誰でもその絵を理解することはできる。
「写真でいいじゃん」勢も、少なくとも何の絵かは分かるでしょ。
それに対して、対象物を省略したり、普通はあり得ない組み合わせと並べたり、一般的に共有されてるイメージで平均化したりするような演算を経た絵は、それを感じ取る側の経験や自前の想像力を当てにして成立してる。
魚の生態を知らない砂漠の人間に、まず実物の魚を見せたうえで空飛ぶ魚の絵を見せても、さっき見た魚を描いてることは何となく分かっても、それが空を飛んでることに対しては面白みが全く分からない。
女がスカートをはくっていう認識がない国から来た男は女子トイレでウンコするかもしれない。
そういう点があるから、おれはたまに①的なアプローチをもっと磨こうかな、と思ったりする。
絵の面白さを人任せだけにしたくないから。
現にその危機感のおかげで、下手くそとは言われないくらいの絵は描けるようになった。
ただ、②③④的な、「人の常識の上に成り立つ面白み」に対する探究心は、おれのなかでどこまでも尽きない。
おれが「不思議の国のアリス」に取り憑かれたのはまさにそこなんよな。
あのナンセンスっていうのは、社会の常識とかルールを作者がいじくって面白可笑しく生み出してるものやから。
今回の四則の話だって、多分アリスを勉強しだしてからハッキリ見えてきたことやし。
あれの作者、数学者やねんで。
絵にしても歌詞にしてもギター作りにしても、思ってもみない組み合わせとか常識の反対とか、そういうものをヒントに突き進めるのがおもしろい。
いろんな娯楽がインスタントに広がるようになって、いろんな趣味を持つ奴が、各々で仲間を簡単に見つけてその内輪で楽しめるようになってくると、同年代の若者全員が常識で知ってることの母体も減ってくると思う。
複数の常識を組み合わせに使うかけ算に頼るおれは、その風潮がたまに不安になる。
※ストーンコールドのスタナー
また機会があればアメリカンプロレスの話も書こうかな



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